05/27/05
日本人の米食信仰と配給制度2(現物給付の不合理)
戦時中の食糧難ばかりが大仰に書かれていますが、それは当時の文筆家など上流階級の話であって、庶民は本を書きません。
また、庶民出身者が文筆家になっても、ワザワザ「内は米を食べていなかったので、芋でよかったのです」と宣伝しません。
庶民・特に関東以北では、もともとお米よりも稗、粟・蕎麦、芋など雑穀を常食していたのであって、戦時中に食糧難による配給制度によって、国民の隅々まで米食と砂糖が行き渡ったのだと読んだことがありますよ。
昨年の12月26日の日経新聞に斎藤茂吉の息子、北杜夫(ドクトル・マンボウ航海記の著者です)の文章が載っていましたが、お酒についても配給のお陰で継続的に飲むようになった経緯が書かれていました。
配給制というのは、個人の趣味に関係なく平等精神ですから、タバコに縁のなかった人が貰えば吸いたくなる場合もありますし、窮乏化の戦時下で却って贅沢になった階層も出るおかしなことになるのです。
映画の券美術館の入場券など配ってもらってもいらない人もいますし、他方で食べる物は半分でもいいから美術品を見たい人もいるでしょう。
人それぞれなのに、国家が配給をしようとすると、ヘンな押し付けになってしまうし、せっかっく貰ったものだからと無駄使いも起きるでしょう。
現物支給する各種福祉券の弊を以前から書いていますが、配給制度の郷愁でやっているのかあるいは、味を占めたのか分りませんが、いずれにせよ戦時中の配給制度は現物支給の元祖かも知れません。
生活保護ならば、必要なだけお金で支給すべきであって、映画券やバス券、入浴券・・・・・割引券は、福祉をお題目にしていますが、実際はその産業への消費誘導策又は補助金になっているように思えます。
話を戻しますと、いつも書くことですが、ほんの数十年も続くと日本古来の慣習であるかのような主張をする人が多くなる傾向がありますが、米食が「日本の精神そのもの」「日本人の魂だ」というのもその一つではないでしょうか?
鎖国制度に対する誤解を02/09/04「江戸時代の相続制度 9(明治民法の時代錯誤性)」で、12/12/04「関東平野の今昔(雑木林は原風景か?)」のコラムで、武蔵野の原風景と称するものについて、その例を書きました。
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