05/26/05
いわしと産業革命7・完(製鉄所と製糸工場の役割5)商取引の発達の基礎
製鉄所が徐々に発達したから、何から何まで買わなくて済んだし、戦後の経済発展の基礎になった点まで否定するのではありません。
ただ、世界競争時代においては、大陸から逃れた国府政権の台湾や、アラブ世界で孤立しているイスラエルが、製鉄所があるから他を軍事的に圧倒したのではなく、アメリカから最新式兵器の供給を受けているから圧倒できているのです。
そして、明治以降近代兵器購入その他の輸入に必要な外貨を稼ぎ、そのお陰でいろんな分野の民生の近代化が進められたのは、木綿産業の充実による繊維産業の基盤があったことによるのです。
大阪発・・今は本社が大方東京に移っていますが・・・の大手商社伊藤忠、丸紅などの扱い商品は、元は糸ヘンが中心であったことは、まだ記憶に新しいでしょう。
或いは細雪の舞台になった船場の問屋街は、糸ヘン産業の集積地でした。
繊維産業が外貨を稼いで、近代産業に不可欠な資材の輸入資金になったと言うだけでなく、関連商業取引、労働契約、輸出入業者(世界に冠たる商社)の発達、これに伴う法的整備など、戦後の発展の基礎を為すソフトの能力も、このとき形作っていたのです。
法律だけ輸入しても、或いは思想教育だけしても実際の取引がなければ、法的思考方式が国民に定着しないのです。
これに対して、官営の製鉄所や鉄道が、民間商取り引きの訓練・近代精神の発達には殆ど役立たなかったでしょう。
中国が、原水爆を開発し、大陸間弾道弾を成功させても社会・経済的には後進国のままであったのと同じです。
今でいえば、自動車部品産業や電気製品の部品産業等、草の根の国際競争力の有無が、国際競争の勝敗を決めるのであって、政治家が目玉商品みたいなものばかり導入しても、国際競争力を育てようと演説しても、どうなるものではありません。
諸外国が明治維新の成功を学ぼうとして、当時の政治家の行動や法律ばかりを研究しても真実はわからないでしょう。
江戸時代における木綿生産の成功は、長年の集約農業精神から鰯を肥料にすることを思いついて、実行した先人のおかげだとなれば、銚子のいわしこそ、わが国の近代化成功の基礎資源だったのです。
(石油類からプラスチックス類が出来るように、鰯から木綿が出来たと言えるでしょう。)
鰯の話になると、臨調で有名な土光敏光さんが、「家では目刺を食べている」という質素な話が有名でしたし、池田総理が「貧乏人はいわしを食べろ」と言ったとかで、物議をかもしたこともあります。
鰯は、栄養豊富ですし、しかも安いので馬鹿にされますが、わが国の近代化の大恩人・大明神というところなのです。
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