05/22/05

いわしと産業革命5(明治維新成功の秘訣4)

当時の国際戦略商品であった木綿製品の原材料である木綿生産が、ある程度国産で賄えたことが明治の近代化成功の必須要件であったことが分るでしょう。
先端機械さえ仕入れれば、どこの後進国でも操業できるならば、世界中が明治維新のような成功を収められた筈です。
今の国際戦略商品である自動車の原材料で考えると、鉄鉱石があるかどうかでなく、自動車部品メーカーの存在の有無にかかっているのと同じです。
鉄鉱石のあるオーストラリヤや、ブラジルで国際的な自動車産業が育たず、機械産業の発達したドイツや日本が結果的に優位に立っている所以です。
このように考えると、いくら近代化が必要であると政治家が頑張っても当時の戦略商品である木綿産業が発達せず、国産自給できない国では、近代産業の競争に参加出来なかったのです。
明治維新の成功は、政治家の資質も少しはあったでしょうが、基本的には、木綿産業およびこれに基づく繊維産業が国際競争力を持っていたことが、死活的重要性をもっていたのですが、学校では政治家の活躍ばかりを教えられていいるように思います。
また教科書では例外なく、八幡製鉄と蒸気機関車の運行開始が紹介されますが、製鉄所を造ったのは、後年軍艦など造るのに少しは役立ったでしょうが、維新当初の国際競争力発揮、すなわち外貨獲得や国民の企業参加には、さしあたり何の関係もなかったと思います。
鉄道開通も維新の象徴のように説明されますが、満州に限らず中国各地で、或いは朝鮮でも鉄道の敷設は盛んに行われたのです。
この敷設権益を巡って戦争が行われたと言ってもいいくらいですから、今の中国への各種工場の進出競争みたいな時代だったのです。
このように鉄道さえあれば、先進国になれたわけではありません。
明治維新当時日本にとって死活的に重要であったのは、先ずは外貨を稼げる産業であり、それは八幡製鉄の立ち上げや鉄道敷設ではありませんでした。
戦後日本に当てはめれば、人工衛星の研究を始めたころは、何十年後にはどうなるか別として、うちも国産人工衛星を造ろうというくらいで、当面はとてもじゃないが輸出産業にするところまでは考えていなかったでしょう。
1904年の日露戦争当時でさえ、まだ自分でいい物を作れず、旗艦三笠を始め殆どの戦艦が外国・・・・・英国からの輸入だったのです。
国営八幡製鉄所があったから、勝てたのではないのです。



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