05/19/05
民族資本2?(所得格差の根拠・・・人材の重要性)
日産が世界的に成功した場合、海外工場生産のほうが大きくなり、あるいは、もしかしたら、海外の特定国のほうが日本の工場よりも大きくなってくると、本社もそこへ移転すると言う時代が来るかもしれません。
国内企業で言えば、地方発の企業が大きくなるにつれて、大阪本社に移転し、ついで東京本社に移転していくのと同じパターンです。
昔は輸送手段が乏しかったことと、原材料の加工度が低かったことや運輸手段の未発達から原材料産地が先ず生産基地になったものですが、自動車や電子部品などになってくると、原材料特に第1次資原産地の優位性はありません。
(鉄鉱石などが取れるから、あるいはゴムが取れるからといって、そこで車生産するメリットがないのです。)
こうなってくると、もしも生産技術力が同じならば、完成品工場の規模は、その国の消費量に比例するのが原則となるでしょう。
今のところ中国やインドのように人口が巨大でも、一人当たり収入が低いために購買力も低くて消費量が日本などに及ばないとしても、行く行くは、徐々に購買力がついてくると消費量も将来的には、人口比例してくることが明らかです。
この論理をおしていくと、将来的には車であれ鉄鋼生産であれ、人口比に応じて(応じてと言うのは、数学的な比例までは行かないとしても、概ねという意味です)生産力も大きくなってくる、それにつれて所得・購買力も大きくなるというらせん状の関係になる可能性があります。
関連産業裾野も、今は日本から輸入が多いのですが、行く行くは部品産業も例えばトヨタの進出先で操業した方が合理的ですから、結局現地生産する完成品工場の増加に比例的な関係で、現地で間に合う時代が来るでしょう。
そうすると現地職人も経験によって成長します。
これに対して、日本で自国消費以上に生産し、世界平均以上の収入を得続けようとするならば、外国で生産できない様な高級品、高品質品に特化出来た分だけが、世界平均値よりも多く生産できて収入も多くなる原理でしょう。
この理は、芸術や学問、医学、各種研究所の立地、スポーツ、観光産業その他あらゆる分野で言えると思います。
今のところ大学など研究部門が、世界中から人材をひきつける能力が弱いように思いますが、これは長期的には由々しい問題ではないでしょうか?
ここに人材をひきつけることが、その周辺人材もひきつけることになり、回りまわって観光資源にもなっていくのです。
例えば本来の居住人口100万人でも、そこに大学がいっぱいあって学生や教職員が10万人入れ替わり立ち代り居住していれば、結局110万人都市として消費力・購買力を持つようになりますし、国際会議で入れ替わり立ち代り10万人がいつも滞在する場合も同じです。
そんな大袈裟なことでなくとも、ある技術者(ピアノの先生で美術の先生でもスポーツでも、料理人でも)がいて、個人レッスンを受けるためにその町に人が来るようになっても同じで、こうしたことの集積力がものをいう時代が来ると思うのです。
観光資源とは何かと言うと、始めの内は珍しい場所や歴史遺物が(名所旧跡)それだけで立派な観光資源ですが、それだけではリピーター時代には対応できません。
結局は、すぐれた人材がいて人をひきつけられるか、お洒落な町並みなどの総合力になってくるのです。
立派な劇場や美術館だけでは、客はきません。
内容が重要になる時代が来ているのです。
これが内弁慶で、東京が地方との競争で国内から集めるだけでは、蛸足配当と同じですから、海外からどれだけ集めるブランド力があるかの問題でしょう。
またドウセ海外から集めるならば、低レベル労働者を集めるのではなく、出来るだけ高級労働者の会合や会議、観光客の集客能力があった方が、より国が高級化して行けるでしょう。
こうして、ある国や県の居住人口の消費量以上の工場や博物館、学校などの立地(結局は収入です)を求める以上は、他国・他地域よりもすぐれたもの(人材や関連産業の集積など)を持っている必要があります。
関連産業集積は、前記のとおり時間の経過で、消費地近くの工場立地に合わせて育つでしょうから、長期的には知的産業の競争力・すなわち民族の持つ能力・人材の優劣にかかるというのが私の意見です。
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