05/18/05

木綿産業(イギリス産業革命と日本の対応)3「アヘン戦争」

中国の話が出たついでに言えば、イギリスは、中国とも貿易がはじまったのですが、イギリスは中国に売るものがなくて、赤字貿易ばかりだった点は当初のインド貿易と似ています。
そこで支配下にあったインド、アフガンなどで栽培したアヘンを売って帳尻を合わせようとしたのが、アヘン戦争になったものです。
(これは誰でも知っていることでしょう。)
イギリスは、インドでは、正面から工夫して売れる物を作って対抗して貿易戦争に勝てたのに、中国では何故勝てなかったかについて書いておきましょう。
但し、ここは川勝論文の受け売りに個人感想を織り交ぜたものです。
インドでは短繊維木綿、長繊維木綿両方作っていたのに対し、イギリスが産業革命で対応したのは長繊維製品だったらしいのです。
大雑把に言えばインド亜大陸を中心にして、東側は短繊維、西は長繊維社会だったのでしょう。
日本、朝鮮半島を含む経済圏(中華木綿コンプレックス)では、短繊維且つ太い繊維製品市場であったために、(詳しくは何番糸という専門用語ですが、煩雑ですし、正確に覚えていませんので省きます。)イギリスの紡績機械や原料の木綿の種類などでが対応できなかったといわれています。
そこで当時世界1の強国であったことや、既に長繊維用の機械で(綿花もそれようでした。)中華圏を除いて世界中に通用していたことから、更なる工夫をするインセンチブに乏しかったのです。
今でいえば、最新機械の世界標準を握った会社が、世界の1部でその標準を使っていないところがあるからといって、その地域だけの為にもう一種類の機械を作る気持ちになり難いのと同じでしょう。
ましてや、原料の綿花・樹木の植付けから必要となれば、やる気が失せるというものです。
清朝の皇帝が、何も買うものがないと言って、貿易申し出でに取り合わなかったことを、時代錯誤・馬鹿のようにものの本では書きますが、イギリスは本来売るべき物産を何も持っていなかったのは本当です。
イギリスは多分、今でも固有の輸出品・物産は何もないでしょう。
特に当時は、木綿製品や芸術・工芸品・骨とう品を除いては、第1次産品が貿易の主流でしたから、イギリスにはそもそも他国に持っていって売れるような物は何もなかったでしょう。
要するにイギリスは、もともと海賊でもするしかなかったのですが、けんかに強かったので、モンゴル同様に世界征服していたに過ぎないのです。
イギリスが世界史に登場するのは、産業革命によるかのごとき印象ですが、実は、先ずは海賊から始まり、軍事力に任せて、植民地支配を広げ、その結果インド綿に対抗するために産業革命になっただけであって、産業革命は原因でなく結果であることを忘れがちです。
産業革命は、せいぜい強国としての地位の継続に役立ったというところでしかないでしょう。
或いは暴力団が一定の水準になると表向き正業に進出しますが、(フロント企業)イギリスの真似をしているのでしょうか?
そうなると「イギリス紳士」ならぬ、「ヤクザ紳士」と言うブランドが生れるかもしれません。
イギリスが世界の王者と言うよりも、覇者であった時代の世界の特徴は、「弱肉強食社会」ですが、イギリスの成り立ちを考えればむべなるかなというところです。
そこで、中国(清国)向けの機械を作らずに腕力行使の誘惑に負けて、正義に反するギャング的貿易をしてしまったのがアヘン貿易です。
ヤクザが覚せい剤を押し売りするようなものですから、歴史に残る大汚点となりました。
ま、もともとイギリスはバイキングから始った強国ですから、地金が出たというところでしょうか?
戦後のアメリカが繊維、鉄鋼、自動車その他貿易戦争で負けそうになると日本や中国に負けないように工夫するのではなく、強国の立場を利用して政治交渉で輸入制限や課徴金を課し、或いは為替操作を強要するのは根が同じといえるでしょうか?



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