05/17/05
自動化・機械化と人材4(人口減少の必要性2)(福知山線脱線事故の再発防止策)
糸扁産業で言えば、これからはデザインする人材程度しか要らないのですが、そういう人材はこれまでの総労働者に比較してホンの数%もいれば十分です。
如何に日本民族が優秀であると信じている人でも、まさかみんながみんなそういう能力があるとは思っていないでしょう。
仮にみんなが優秀でも、今の人口1億あまりをみんなデザイナーや芸術家、研究者にしようとしてもことの性質上そんなに需要がないのです。
(世界中のデザインや研究を引き受けても、まだ需要が足りないでしょう。)
従来規模1000人の工場の場合で言えば、これに対応する研究者、デザイナーは数えるほどしかいらないのですから、この工場が中国へ行ったからと言って、デザイナーや研究者が同じく1000人必要になるわけがないのです。
いくら日本人が優秀でも、工場労働者と同数のゼザイナー等の需要は論理的にありえないのですから、もしも研究開発やソフト関係などの優秀な人材中心にして行こうとするならば、今の人口を大幅に減少させながら、人口構成を優秀な方向へ大きくシフトしなければなりません。
こうした変化は100年単位で徐々にやるしかないのですが、幸い国民はしっかりと人口減少方向へ適応しているのです。
ところが今の政策は、その逆をやっているのではないかと言う疑問で、これまで、05/12/05「少子化と民度・学力低下8」まで連載しているのです。
幸い?「こうなればいい」とマスコミが夢物語をしていたほどには、自動化が進まなかったので日本にはまだ大型工場が持ちこたえていますが、徐々に人材のウエートが下がりつつあるのは否定できないでしょう。
日本の得意とする金型部品や試作品の製作でさえ、コンピューター製作が中心の時代になっているのです。
先月の福知山線の脱線事故でも再発防止のための方策としては、熟練化教育を一応唱えるでしょうが、実際は人材の劣化を現場ではよく知っているのですから、これはお題目に過ぎないと理解すべきでしょう。
こうして、安全化のために機械に頼ろうとする解決が、結果的に選択されることになるのでしょう。
人材の劣化を矯正していくのには、それこそ100年の計が要りますし、私がこれまで、05/12/05・・・2「少子化と民度・学力低下8」までのコラムで連載して来たような、要路の責任者が言い難いことをいつかは言わなければ、本当の解決にはなりません。
幸い?わが国では、機械化オートメ化すると言えば、日本人にとって社会進歩の象徴的な言葉のようで、一種の信仰(私に言わせれば迷信の域です)にすらなっているので、安全対策として機械化するというのが1番無難な回答になるのです。
それで、「機械化して安全をはかる」という、私に言わせれば無責任で安直な方法が巾を利かすのだと思います。
しかし、何かと言えば、「機械化で処理する」と言うばかりでは、人材がいよいよ劣化するばかりです。
機械化さえすれば、これから人材に頼らずに日本はやっていけると政府のお偉方は本気で思っているのでしょうか?
5月16日・・・・・1 「究極の機械化と日本の人材1」で書いたように「機械化さえ進めればいい」という発想では、将来的に国際競争力が低下していくのです。
海外で技術指導ばかりしていて、国内の自国民の技術指導をしないで、若者をフリーターなどで腐らせておいて国が持つのでしょうか?
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