05/13/05

外国人労働者5(底辺層の拡大生産とエリート輸入の功罪)

私は、底辺労働者供給型の移民受け入れに反対の立場から、01/04/03「外国人労働力の移入 1」以下のコラム、01/02/05「初詣3(人口減少と政策)」で連載しています。
そうは言っても、平成17年4月30日・・・・1「いろんな制度を緩やかに18(少子化と民度・学力低下1)」以下、05/12/05・・・2「少子化と民度・学力低下8」までのコラムで書いたように、わが国民も低レベル化再生産社会に突入しているのですから、それほど威張れたものではありません。
これを防ぐには、エリート外人の輸入をして平均レベルを上げていくしかないのでしょうか?
アメリカは戦後世界中から知識人を輸入しており、ノーベル賞受賞者や有名学者は、ドイツ系ユダヤ人等外国出身者が多いし、イギリスも金融その他いろんな分野でのウインブルドン現象が有名です。
英米ともに他方で底辺層も輸入してきたのですが、日本では、今の政策を続ける限り、底辺層はいくらでも自給自足出来るでしょうから、エリートの輸入だけで足りるでしょう。
エリートを輸入し定着させるためには、それだけの魅力がないと日本の大学や研究機関に就職しませんので、結構難しいのですが、仮に吸収・定着に成功した場合どうなるのでしょう。
国家としては一定レベルを維持できるでしょうが、純粋日本人が下風に立つしかないのですから、国家の地位よりも国民一人一人の幸福を重んじる私としては意味がないと思います。
私は中・上位者が、たくさんの子供を産める社会にしなければならない(適者生存・・・悪貨が良貨を駆逐するのに任せない)と言う意見です。
しかしこの意見は、突き詰めてみると底辺層にとっては、日本民族の将来はどうであれ、自分の子孫を増やしたいのが本能でしょう。
国がどうなろうとも、自分の子孫を多く残せないなら意味がないのですから、私の意見は底辺層を無視した意見になりそうです。
人の意見は、自分のおかれた立場を代弁するしかないのでしょうか?
両者共存するためには、政策は多産化に対しては中立にしてどちらの肩入れもしないで、時代の推移に任せるか、あるいは、肩入れするならば、両者共に同率で肩入れして行くのが公平なのかも知れません。
すなわち福祉政策は多産または少子化対して中立であるべきであって、国民年金のコラムで連載したように、年金は年金、少子化は少子化それぞれ目的別に政治は行われるべきであって、ある法律に、他の目的をサブリミナルのようにこっそりと入れるべきではないのです。
現在の政策は、「福祉政策と混用して底辺層の多産化に肩入れし過ぎている」というのが、私の意見です。



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