05/13/05
現地妻2・・・・外国人労働者4
01/08/05「千葉の歴史14(千葉県人とは2)紀州移民2と現地妻・・・・男女による結婚観の違い」のコラム以来、結婚問題に深入りしてしまい、尻取り遊びのように次々と話題が出てきて長い間、横道に逸れてしまいましたが、現地妻の話に戻しましょう。
日本人に限らず、婚姻に際しては、国際的に見ても女性の上昇願望と男性の無頓着傾向があるので、エリートまたは先進国民が海外で活躍する時代には、現地妻形式の混血がうまく噛みあっていたのでしょう。
小泉八雲、最近の有名人ではライシャワー元駐日大使など・・・こうした例はいくらもあります。
古くは(異論があるかもしれませんが、・・・)クレオパトラとシーザーの関係でもあるでしょう。
エジプトの方が文化先進国でしたが、ともかくその当時の強い=上位者ローマ帝国に擦り寄ったのです。
この関係は、「あずま男(えびす)に京女(おんな)」と言うたとえも同じです。
江戸時代初期には、京女の方が先進地域でしたが、当時江戸の新興権力の方になびいたのです。
別に女性は、ガサツモノが好きと言うのではなく、権力の移行期には、やむなく、戎(えびす)であっても上位者(軍事・経済力)がいいと言うだけです。
ところが、外国人との結婚と言っても、外国人といえば後進国からの底辺労働者移住が中心の時代になってくると、先進国のまともな現地女性は近寄ってきません。
底辺労働者移住の場合、移住民は先進国女性と結婚できるのは稀ですから、結局自国出身の女性としか結婚できませんから、女性も同数移住する形でないと女日照りとなり、おかしくなるのです。
これが01/15/05「売春防止法2(千葉の場合)」その他のコラムで書いている、江戸開府期や戦後千葉の工業地帯開発期における売春業の隆盛に繋がるのです。
それらのコラムでも書きましたが、後進地域から肉体労働・下層労働者が大量に流入する社会では、売春業が構造的に必要になるのでしょう。
こうして底辺労働者として移住する開拓団は、(満蒙開拓、ブラジル等の南米移民、アメリカの西部開拓)いずれもペアーで移住する仕組みになっていたのです。
それなのに、現在のような密入国その他最底辺の労働者供給型移住形態では、男性単身の移住が中心となります。
わが国内でも、高度成長期における地方からの出稼ぎ労働者は、単身が原則でした。
出稼ぎと外国人労働者は、性産業の構造的需要者と言う点では同様ですが、社会治安と言う点では、国内移動の場合、既婚者の出稼ぎに限られることと、半期ごとに故郷に帰ったり、一定の年齢になると、(働けなくなると)故郷に帰ってしまう点が、社会の安定との関係では大違いです。
他方後進国からの女性の入国は、今のところ風俗産業が中心(わが国ではメードの需要はありません)ですから、同国人同士が結婚出来ても社会的に見て不健全なパターンが多くなります。
あるいは、ばらばらで労働者として入国した後進国の男女は、底辺・弱者である分次第に肩を寄せ合うことになるのでしょう。
これが増えてくると、○○人街、△△街など自国そのままの街区を結成する事が多くなるのでしょう。
これでは、国の中に別の国を認めるようなもので、旧ユウゴ・スラビアの分裂で発生したモザイク型民族紛争の種を播いていることになり、人類の共存方法として賢明とはいえません。
しかも、第2世代は劣悪環境で育つために、病弱な上に学業も低レベルとなる傾向があります。
こうして底辺労働者、低モラル人材の再生産は、社会不安・治安悪化を招き、社会負担が増大することになるので、1時的に働いてもらえるとしても総合評価ではマイナスでしょう。
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