05/12/05
少子化と民度・学力低下8
今年の2月にDV法・ストーカー防止法の連載コラムで書きましたが、言い難いことですが、ストーカーや児童虐待その他最近頻発している事件の多くは、こうした底辺層が当事者になっている事が多いのです。
これがたまに大学教員やエリートですと、マスコミが騒ぎますのでごまかされますが、実数としては圧倒的に底辺層で多いのです。
これも正確には、私の職務上の体験的感想であって、正確な統計に基づくものではありません。
4月30日に学問の自由のテーマで書きましたが、多分そういう統計は、人権侵害になるとか言って公式にはしにくいのでしょうが、政治を誤らないためにはこうした分野の統計こそ必要でしょう。
国民年金法のコラムでも繰り返し書きましたが、それぞれ意見の違いはあるでしょうが、いろんな意見に対応できるように、基礎データを整備するのは中立的な国の責務ではないでしょうか?
そのうえでオープンな議論を戦わせて、民主的に決まった結果に国・・官僚が従うべきであって、国・官僚が勝手に方針を決めてその方針に合わないデータ収集は一切しない、しても公表しないと言うのでは民主的ではありません。
(年金制度では、世代間扶養の原則にきめているんだから、これに合わない各人の納付実績と需給関係のデータは不要と言う立場でしょう。)
底辺層の借金が中心なのに、マスコミがサラ金と表現し、フリーでないのに単なる日雇いをフリーターと言うのと同じです。
学力テストの中身の分析だけでなく、現在児童の人口構成・・・・親の学歴・職業・年収別の分類と子供の学力の相関関係の有無も、学者はきっちりと統計調査すべきでしょう。
足もとのしっかりした調査がないまま、学力低下と言う結果に一喜一憂しては、カリキュラムをいじっても(ゆとり教育だとか、元に戻すとか)何の解決にもならないでしょう。
JR福知山線の場合で言えば、「草むしりが駄目なら次は「本を読ませるか(講習何単位)」と言う世界です。
学力低下を言うならば、両親のレベルと比較して学力が低下している子がどのくらいいるのかなど、きめ細かく調査べきでしょう。
私のような意見は、教育の現場や公式発言としてはタブウかも知れませんが、これからはタブーをなくして現実を直視した議論をしていかないと、日本の将来が危ういでしょう。
「学問の自由」がこうした場面でこそ、保障されなくてはなりません。
優生保護法と言うナチスバリのすごい名前の法律をご存知でしょうが、優秀な人を保護する法律ではありません。
刑法の堕胎罪が現実的でないので、中絶許可のための法として事実上利用されていたので、エリート養成政策とは関係がありません。
こうした実態から、平成8年に母体保護法として、普通の計画出産のための法律が出来ています。
私の意見は、優生保護とまでいかなくとも、中間層以上をもっと優遇する施策を取るべきであって、これをなおざりにしたまま、手っ取り早い弱者救済ばかりでかさ上げを続けると、長い間に大変なことになると言うものです。
既に生まれた児童は保護すべきでしょうが、生活困窮者に対して
「児童扶養手当があるから、いくらでも産んでください。」
と言う出産奨励策はやめた方が言いでしょう。
生活保護・福祉政策と少子化対策とは、別の理念でやるべきです。
関連ページリンク
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
