05/11/05
少子化と民度・学力低下7(品質管理2)
彼らはすぐ一緒になって子沢山となり、しかもすぐ別れては、すぐ「くっついて」はまたすぐに子供を産むのです。
彼らは、世代交替が早いので、こうした時代が数十年も続けば(中には、連れ子を虐待で殺したりして少しは淘汰していくニュースがありますが・・・・。)不良層の子孫が総体の人口に占める割合は、大変なものとなります。
ところで、昔から庶民でも「なさぬ仲」と言って、連れ子には遠慮があって、自分の子供のようにきつく躾できないのが普通でした。
連れ子の虐待と言うのは、自己抑制原理のない最底辺層で起こる例外的・ライオン的現象なのですが、これが次第に多くなっているのは、底辺層の裾野の拡大と連動しているからでしょう。
既に、こうした子孫ばかりが、若年社会の多数を占めるようになっているのですから、日本の小中高大学の学力が順次低下し、オレオレ詐欺など犯罪が増加するのは仕方ないでしょう。
国民のレベルが下がってきて、本来高校にはいれない程度でも高校に入れるし、大学もそうです。
次々と可哀想だからと引き上げていた結果、或いは厳しく選別していると大学がつぶれるとか入社する社員がいなくなるからと、本来の無資格者を仕方なしにどこの組織でも組み込んできた結果、内容が空洞化してきているのです。
私に言わせれば、人口が減れば減ったで大学もの高校も、製造設備も縮小していけばいいのであって、同じ規模を維持しなければならないという考え自体が誤っているのです。
この考えは01/04/03「外国人労働力の移入 1」以下のコラム、01/02/05「初詣3(人口減少と政策)」で連載しています。
「規模拡大こそが組織の命」みたいな考えで凝り固まっていることから、こうした弊害が生じているのです。
規模縮小しろといっても需要があるから、公共輸送機関としては一定量の新入社員が必要だといわれそうですが、低レベルの出産の奨励さえしなければ需要者となる人口が自然に減っていく筈ですから輸送機関も縮小していけばいいはずです。
人口が総体で減っても都会に集中するというならば、僻地の路線の廃止をしていくべきでしょう。
大学や短大の内容レベルが下がっても、受け入れる社会がきっちり選別すればいいことですが、企業まで無責任に低レベルの本来の落第者まで入社させていけば、企業は国際競争に勝てなくなってしまうでしょう。
国内産業で国際競争に関係ない分野では、さしあたり、安全神話のかげりから始るのでしょう。
引ったくりや少年事件の増加(犯罪の多発)は安全神話の崩壊現象ですが、JR西日本の脱線事故や管制官ミスなどの頻発も、安全神話の崩壊と言う点では根は同じでしょう。
学力の低下は、国際比較のテストしなければ分らないようですが、(それもおかしなものです。テストや統計がなくとも現場と言うものは肌で分る筈です。)企業間競争は、テスト結果が出る前に市場が自然に決めてくれるのですから厳しいですよ!
役所仕事は10年〜20年遅れの統計が出てから、対処を(10年掛けて議論して)考えるのですから、時代に遅れること大変なものです。
その上、弱者の痛みをどうのと言う議論ばかりで、簡単に改革が出来ませんから、何事も役所まかせから脱却しなければ、日本は国際競争でやっていけなくなくなるでしょう。
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