05/10/05

国民年金法 21・・・改革の視点8(民営化2)

年金制度の創始期(昭和34年ころ)には民間資本が不足していましたが、今やわが国は経済大国で、資金は有り余っているのです。
こうした民間保険の発達・工夫と時代の流れを見れば、何のために税金をつぎ込んで、いつまでも公営でやっている必要があるの?と言う疑問が湧いてきます。
およそ、国営・公営事業の存在意義は、民間で対応出来ない社会的意義のある事業の補完・先駆けとして先鞭をつけることにあるでしょう。
(原則として、民間の資本不足に対応した後進国でこそ意義があるのです。)
明治維新のときの官営工場の設置とその後の払いげの歴史を見れば分ります。
私はあまりマスコミ報道を知りませんので断定的なことは言えませんが、国民年金を民営化したらどうかと言う報道を見たことがありません。
次の総理が小泉さんのように新しく言い出すのを待っているのかも知れませんが、いつも権力者が言い出してから問題にするのって、マスコミのあり方としてどうかと思います。
あるいは、年金をかける能力のない人・すなわち生活保護者や障害者がそれではどうする?可哀想じゃないかと言うことでしょうが、そういう人は年金でなく生活保護などの制度で面倒見るのが筋でしょう。
郵政民営化でも「弱者はどうする?」と直ぐ言いますが、郵便局は弱者保護の制度でなく、郵便制度のためにあるのです。
ただし、5月8日・・・・1「国民年金法 14・・・改革の視点3・・・・・・年金の民営化」のこらむでも書きましたが、私の民営化論は当面、低所得者用の補助金制度と抱き合わせを前提とするものです。
私が知らないだけかもしれませんが、民営化が合理的であるという学者の主張も聞いたことがありません。
私の意見にあう学者がいないからといって学者が怠慢といっているのではなく、いろいろな説を唱えてこそ学者ではないでしょうか?
見ていると世代間扶養制度と決めていることを前提にした議論ばかりで、一旦決めた以上はもう「違う方法に変更するかしないか」という議論すらしてはいけないような雰囲気です。
あちこちにある干拓工事やダム工事と同じで、お上が一旦決めたら変更してはいけないルールを勝手に役人が決めて、学者もこれを疑わない習性のようです。
世代間扶養などという超どんぶり勘定的発想自体、いまどきおかしいのじゃないかと思いますが、これを改変したらどうか、組替えをするにはどうしたらよいかなどの議論やシュミレーションがまったくないのは不思議です。
それとも、このまま大変だ大変だと言ってれば、赤字が積み重なる一方で税金で見るしかなくなる。
所得制限する・・生活保護所帯でなければ支給しないとなるのは、いくら何でももっと先でしょうが、徐々に制限をきつくしていき、普通の人でも受給できないとなれば、「国民」の年金制度ではなくなるでしょう。
高額所得者から順に普通の人に至るまで、徐徐に民間保険会社の年金保険に加入して行かざるを得ないように仕向けるのでしょうか。
国営の年金を民間に売ろうたって、赤字では買い手がつきませんから、徐々に客を民間に追いやって年金制度の安楽死を狙っているのかもしれません。
その前提として、いつもながら人間の処遇が問題になりますから、今から社会保険庁解体論が出ているのかな?



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