05/08/05
国民年金法 14・・・改革の視点3・・・・・・年金の民営化
若いときに年金を払えなくて、あるいは払わなくて老後困る人が出れば、年金制度内で解決することではなくて、政府が税金で考えるべき福祉政策・生活保護の問題でしょう。
年金は運営機関が公的であれ私的であれ、払って来た人がその掛け金の運用益で受給すべき制度なのです。
公的年金の制度的必要性は、超長期であるために、民間資本の蓄積・信用がなかった時代には、当初民間が担いきれなかっただけのことですから、今のように民間資本の蓄積が進み保険が発達してくれば、これこそ民営化すべきものかもしれません。
もしかしたら、郵政の民営化よりも適した分野でしょう。
ただし、全面的民間では掛け金に見合う給付しかないので、少しの掛け金しか掛けられない庶民には年金が少額過ぎるというならば、当面の間若干の補助金を交付して給付金に下駄を履かせても良いでしょう。
公的と言うのは、その程度の意味しかないのですから、公的であるからと言って生活保護の亜流的役割を持つ必要はありません。
それなのに公的と言うだけのことから、本来受給資格のない者まで政治家の圧力で次々ともぐりこませて来た結果、現行制度は生活保護なのか保険なのか不明瞭になる一方で国民に分り難くなっているだけのことかもしれません。
払わなくとも受給できる免除制や20歳未満の障害者年金と抱き合わせとなれば、任意に支払っている人が簡単に納得出来ませんから、納付意欲が薄れてきます。
そこで、免除は機械的な認定だけでなく、道義的な要素が比重を増し強調されざるを得ないでしょう。
他方で時々生活保護不正受給者の摘発をしてマスコミで大々的に報じて、国民のフラストレーションのはけ口にしているのです。
そこに裁量の必要性が生れ、官僚の権限増大が約束され、政治家も口利きのメリットが大きいので、政府は、「可哀想だから」と言う言い訳で被免除者制と抱き合わせにして来たのでしょう。
当然のことながら、こうした分野では、野党(は今のところ本質的に大きな政府支持者です)の要求・貢献は大きかったでしょう。
国民年金制度は、社会保険庁で管轄し、条文でもあちこちに被保険者とか保険料と書いていることからも分るように、その本質が互助組織・保険なのです。
そうである以上は、そもそも払った額に比例せずに、払っても払わなくとも、別の基準で支給額をきめる現行の大前提がおかしいのです。
公的資金が入っているとしてもそれは、あくまで払って参加した人に対する補助金であって、参加しない人に対するものではないのです。
補助金と言うのは、元々特定の事業等に参加したものだけが受けられる性質のものです。
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