05/04/05

少子化と民度・学力低下5(帝王学と自己抑制原理)

現在重要なのは、エリートとまで行かなくとも、大卒の平均程度のレベルの普通の女性・言い換えれば我々世代の中間層が、安心して生み育てられる環境作りが求められているのです。
私たちの世代は殆どが中間層に進出できたのに、折角進出した中間層の次世代では、逆に殆どが将来への展望を抱けないまま、モラトリアムしているのです。
中間層の子弟が今や、殆どフリーターなどに没落している現状を何とかしなくては、彼らが結婚して子育てする気になれないでしょう。
企業では長年新規採用をストップしていた弊害が心配されていますが、彼らの心配は単に企業技術の伝承が途絶えると言う結果だけですが、国全体では、その間に
    「活きのいい若者が腐ってしまいつつある」
のが問題になっているのです。
こうして中間層の子弟が足踏みして結婚をためらっている間に、もともとの底辺層では従来どおり親のやっている土木作業員、ヤクザなどになればいいのですから、何ら将来の心配はありません。
元々王侯など支配層の教養原理(帝王学)は自己抑制ですが、低辺層では「小人閑居して不善を為す」との格言の通り、自己抑制を必要としないのが行動原理です。
彼ら底辺層は上部に対して目いっぱい要求するだけして、そのうち少しでも獲得できればそれだけ得という原理で、労働組合の行動原理と一致します。
極端に言えば、食べられるだけ食べてしまう・・犬みたいな行動原理です。
彼らにとっては収入であれ権限であれ、獲得出来る限界が行動抑止の限界ですから、自己抑制する歴史上の経験がないのです。
個人的嗜好でもこれ対する抑制策は、酒であれ博打であれ、パチンコ・マージャン・ゴルフであれ、甘いものであれ、経済的或いは時間的(職場の休みが少ないので・・・・これが長寿化で十分な暇が出来ると困る原因です)に続かないのが一番でした。
     「あの人は、何々に目がない」(酒があれば朝まででも飲んでいるとか・・・。)
という慣用句がよく使われましたが、これは経済的、体力的に続かないことを前提にした習慣です。
高度成長期以降、みんなが豊かになって経済的抑制がなくなったので、こうした慣用句を誇らしそうに言う人が減りました。
庶民まで豊かになった時代には、健康面で自制心のない階層は、際限なく太ったりアル中になるのは、その結果です。
アメリカでは、こうした人は自己抑制能力が無いとして、(豊かになった庶民の中での振り分けの結果サラに下層に分類された下層庶民というべきでしょうか?)一等低く評価されているとも言われていますが理の当然でしょう。
わが国では、あからさまに言うのを控えているだけです。
いまや、宴会があっても嗜み程度に飲酒するだけで、前後不覚になるほど酩酊する人は滅多に見かけません。
庶民でもかなりの分野で自己抑制できる人が、殆どの世の中になったのです。



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