05/22/04

皇室祭祀令 4と雅子妃殿下の苦悩23 (天皇家の独立) 

今回の騒動の渦中で、デンマークへ出発にあたって、皇太子殿下は、賢所に報告して
出発したと報じられていました。
賢所とは、  


       祭祀令  十一条 元始祭ハ賢所皇霊殿神殿ニ於テ之ヲ行フ

など皇室令各所に出てくる宮中3殿の一つで、皇祖天照大御神がまつられていますので3殿の中では筆頭でしょう。
いまどき、友人や仕事上の結婚式に出かけるのに、神棚や先祖代々の位牌に報告してから、出かける人がいるでしょうか?
今でもそうした古い慣習が守られている一端が報道されているのですが、そうした古い窮屈なしきたりと言っても、たかだか明治41年以降に制定されたに過ぎません。 
これを、そのままにして、雅子様の周辺だけ近代化しようとしても無理ではないでしょうか?
話しが大きく変わりますが、保元平治以来、武門が政略上の思惑から天皇や上皇 を確保することは、数多くありましたが、御所の周りを警護するだけで、屋敷内の女房その他の近習は、従来どおり、院の関係者で占めていました。
明治以降は、東宮大夫、侍従長とか宮内庁職員と言っても、すべて政府役人ですから、天皇家の家人では有りません。
こうして、天皇家の支配する内裏まで、政府役人が支配するようになったのですから、
天皇家は24時間私邸内まで占領されて、心の休まる暇もない状態になっているので はないでしょうか。
明治維新で、朝廷は天下を奪回したように見えましたが、実は傀儡にされただけであることは、江戸時代の禁中並公家緒法度(1615年)よりずっと厳しく微細に亘る各種皇室令の膨大な制定に明らかです。
明治以来、身の回りの世話をするものまで1人残らず取り上げられて、政府からの派遣(監視者)役人に頼るのでは、精神的には牢獄と同じではないでしょうか?
雅子妃ならずとも、正常な神経の人は持たないでしょう。
雅子妃が、役人の支配する御用邸でなく、私的な別荘を借りて静養していると報ぜられ ている本質がここにあります。
天皇制を維持する以上は、130年の長きに亘った軟禁を解いて、京に帰してあげるべきではないでしょうか。
私の考える天皇制は、バチカン市国(法王庁)のような独立性を持たせて、日本国政府との協定をして、必要な国事行為だけを担当すればいいと思います。
天皇家は、天皇家で使用人や顧問、大臣(政府との折衝担当大臣)などを自主採用し、自分で給与を払えるように財政手当てすべきです。

 




関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

稲垣法律事務所コラム内:農地に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:過疎に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:老人、老後に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:社会、サービスに関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:役人,官僚に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:役所に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:議員に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:国会に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:皇族に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:明治に関するコラム


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資