05/19/04

皇室祭祀令 2と雅子妃殿下の苦悩1

いずれにせよ、いまどき神武天皇が建国したと信じている学者は皆無でしょうし、
(神武天皇が実在したかどうかだけではなく、建国と言う概念も関係してきます。)記
紀の神武天皇の東征神話は、壬申の乱で大海人皇子が戦ったコースや出迎えた豪
族 などが一致しているので、その焼き直しだという説もあります。
 それに神武から綏靖(スイゼイ)天皇、更にはその後の何代かについては、具体性が
 なく架空の天皇だろうと言われています。(勿論論者によって違いますが)
 ところで、もしも天皇家が神武天皇を祭るのはやめたいと思っても、神武天皇を祭る
 のはいやだとも言い難いのでしょう。
 祭祀令その他の皇室関係勅令で定める行事を、今でも「やらされて」いるのではない
 でしょうか?
 5月14日紹介した皇室祭祀令の小祭のところを見てください。

     「綏靖天皇以下先帝以前四代ニ至ル歴代天皇ノ式年祭」
 雅子妃殿 下の苦悩(ストレス)は、皇太子殿下の記者会見で明らかにされ、現在国民
 の大関心事になっています。
 雅子妃殿下の苦悩には、共感する方が多いと思いますが、問題は宮内庁職員の人格
 的問題にだけあるのではないのです。
 その根源を探って行くと、明治政府が決めた古色蒼然たる祭祀令その他による行事の
 存続にあるともいえます。
 憲法成立に合わせて皇室祭祀令その他の皇室行事関係勅令が公に廃止されたとは
 言え、天皇家内部で廃止するには、大変な勇気がいるでしょう。
 もともと、明治憲法秩序下においては、天皇は、一天万乗の君である以上は、宮中の
 祭事式典について、政府から口出しされる筋合いのものではなかったのです。
 それなのに、政府が皇室祭祀令以降登極令その他江戸時代の禁中法度のような各種
 勅令を次々と定め、皇室に強制しているのはおかしなものです。
 参考までに一連の皇室令の名称と成立年だけでも紹介しておきましょう。

皇室会議令
明治40年2月28日 皇室令第1号
皇室祭祀令
明治41年9月19日 皇室令第1号
登極令
明治42年2月11日 皇室令第1号
摂政令
明治42年2月11日 皇室令第2号
立儲令
明治42年2月11日 皇室令第3号
皇室成年式令
明治42年2月11日 皇室令第4号
皇室服喪令
明治42年6月11日 皇室令第12号
皇族身位令
明治43年3月3日 皇室令第2号
皇室親族令
明治43年3月3日 皇室令第3号
皇室儀制令
大正15年10月21日 皇室令第7号

江戸時代には、江戸と京に場所が分かれていただけに、政府の監視はまだ緩かった のですが、明治になると、同じ場所に政府と宮中があって、江戸時代以上に、宮中は政府の監視下に置かれるようになったともいえますね。
天皇が政府に君臨するという形式法的に見ると、祭祀令その他は、もともと天皇家内部の祭祀の法、家訓みたいなものに過ぎないのですから、廃止しようと手抜きしようと 天皇家の自由気ままでよいわけです。 まして、これを法的に廃止した以上は、天皇家は法的にも(国民に対しても、)拘束され る謂れはありません。




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