05/17/04

国民の祝日に関する法律 5(休日2)「隠れキリシタンの心」 

話しを戻しますと、休日は天皇家の祭祀への精神的参加要請から始まって、建国記念その他民族意識高揚に関するもの、最後に本来の休暇のための休日部分が多くなってきて現在に至っているのです。
こうした観点から法令名の変遷を見ると、昭和2年勅令では「休日に関する件」としてずばり表現されていたのですが、戦後の祝日法は、なまじ、皇室祭祀令廃止に対する反動として成立したために、却って休日を定める本質が表面からはずされ、祝日法と言う実態のあいまいな法律になってしまったようです。
国体護持論者からして見れば、戦争に負けてしまった以上、表向きは神の国を唱えられないとしても、日本人の精神を失わないようにしたいと言う願いがあったので、単なる休日法ではなく、国民がこぞって祝うべき祝日法にしたのでしょう。
隠れキリシタンが、観音様の中にマリヤ信仰を忍ばせていた歴史に倣ったのかもしれません。
祝日法も明治節を隠した文化の日とか結構細工が細かいのです。
日本国民は、隠れキリシタンに限らず、昔から、「高師直、即ち吉良上野の介」「塩谷判官即ち浅野内匠守」など、お上・権力に遠慮した別名表記には、慣れているはずです。
ところが国体護持論者の期待に反して、国民はそれほどまでして神の国を信仰していた訳ではなかったのです。
天孫降臨神話に始まる明治以降の思想は、政府の無理な押し付けに国民が逆に面従腹背していただけだったのが分ったのです。
国体護持論者の期待に反して、国民にとっては「休みは休み」でしかなかったのです。
子供にとっては、紅白饅頭でも何でも(深い意味は関係なく)貰えればいいと言うことでしょう。
結果、底に流れる休日の為の法律たる本質的流れは、阻止しようがなく、徐々に休日の為の祝日が追加されて(追加の基準も7月には1日もないからという理由で海の日が決まる時代です・・休日を決める基準とすれば正しい理由付けです)或いは、レジャ―に便利なように月曜日にしてしまうなど、実質は休日法に変わりつつあるのが現在と言えるでしょう。
建国記念日が昭和48年になってやっと追加されたくらいが、唯一の例外でしょうか。




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