05/15/04

国民の祝日に関する法律3(日曜休日は、キリスト教の強制か?)

いくら何でも、戦後日本は、天皇の家ではなくなったのに、天皇家のお祭りに国民が参加させてもらう形式は、おかしいのではないかと言うことになりました。
考えようによっては、関係ない国民まで紅白の饅頭を配られるのは、精神的に強制されているとも言えますが、それなら日曜日を休みにするのはキリスト教の強制かと言われると・・・・(饅頭を配ってくれませんが)・・?と、なります。
何事も四角四面に考えると、生きていくのが難しいものです。
それに、日曜休みと言うのは祝日法でも勅令「休日に関する件」にも書かれていないのですから、慣習で休みになっただけのようです。
勿論、企業やグループにとっては、日曜出勤にして火曜に休みにしようがしまいが、内部規則ないし労働契約の問題です。
現在では、難しいことを言わずに、ともかく休めるなら良いじゃないのと言う人が多数派でしょうか?
ま、難しい理屈は別として主権在民の新国家には似合わないと言うことで、先ず、祭祀令は1947年憲法に併せて、廃止になってしまいました。
次に、これを裏づけとする「休日に関する件」の勅令も廃止になるとなれば、右翼や保守層(当時は国体護持と言いました。今、似た言葉には、護憲団体などがありますが、頑固に守り抜くと言う超保守の謂いでしょうか?)が、黙ってはいられません。
「神国日本では、天皇家の祭事は、即ち国民(臣民)の祭事であるに決まっとるじゃろうが!」と言う論理から、題名を国民のお祝いの日に変えて皇室祭祀令・休日に関する件の勅令の中から、適合できるものを拾い出せばよかろうと言うことになったらしいのです。
現在でも、右翼や神社関係者の「日本人である以上は、神社に行けば、おのずから両手を合わせたくなるのは当然である」と言う主張をしている文章にお目にかかりますよ。
・・・・・・かく言う私も、信心深いのか或いは習慣性かどうか知りませんが、その上お賽銭まで出してしまうのです。
こうして、祝日法は祭祀令の精神を何とか滑り込ませながら成立しましたが、04/25/04「過疎地とは?1」のコラムから連載した過疎地対策法のように廃止と同時に隙間なしに成立したのではなかったのです。
祝日法の成立は皇室祭祀令の廃止の翌年それも7月ですから、この間に関係者の必死の動きがあったことが推測でますね。
そこで今度は、建前上国民が自主的に祝うべき祝日を定める必要があるということならG・H・Qも反対できないだろうということになり、(アメリカにも独立記念日などの祝日があります。)
祝日法は、第1条で以下のように国民こぞって祝う為の法律にしたのです。

「第一条 自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞつて祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これを「国民の祝日」と名づける。」

そうは言っても、これまで、国民が自ら主人公になって祝う歴史は有りませんから、「皇室祭祀令・休日に関する件」の中で、国民に関係のありそうな日を抜き出して、国民の祝日に切り替えたのです。




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