05/13/04
国民の祝日に関する法律1・・・「国家とは?」
5月3日は憲法記念日でもあったことから、民主主義・主権在民の実現方法・政党批判の話しに行ってしまいました。
ところで、憲法と、現在の祝日の関係を知る人が少なくなったと思いますので、少し説明しておきましょう。
現行憲法は、昭和21年11月3日に公布されましたので、この日を記念して文化の日として国民の祝日にされました。
戦後は軍事国家から、文化国家へ舵を切った思想の象徴でしょうか。
そして、周知期間半年おいて翌22年5月3日から憲法が施行されましたので、国民に直接かかわるようになった5月3日を憲法記念日とされたのです。
国民の祝日に関する法律(昭和23年7月20日法律第178号).は、敗戦後の1947年に皇室祭祀令が廃止され,これに基礎をおく「国民の休日に関する件」と言う勅令の廃止と同時に1948年に制定されたものです。
それまでは、天皇家がお祭りする日を国民が一緒にお祝いしたり、恩恵(おこぼれ)で休みにしてもらっていたのです。
個人事業主の家に目出度いことがあれば、(受賞や結婚など)そこで働いている使用人が一緒にお祝いに参加したり、参加できない末端従業員には紅白の饅頭を配るのと同じ感覚です。
いわば、戦前の国家は、天皇家の個人経営体であり、国民は使用人的立場だったのです。
07/08/03「皇族は日本国民か?(戸籍制度 1)」前後のコラムで国民と臣民については説明しましたが、当時は国民といわず臣民でした。
そう言えば、国家と言う熟語自体、大きいか小さいかは別として個人的な家を現していますね。
それまでは、相模の国、武蔵野国、○○国と言う言い方はあっても、国家(国プラス家が一つの概念)と言う言い方はなかったように思います。(勉強不足だけかもしれませんが・・・)
国家学と政治学の関係について、学者の説明を読んだことはありますが、そこにはドイツ語や英語、フランス語のアルファベットのつづりの翻訳として、頭から「国家学」と言う単語が当てられているばかりです。
またプラトン翻訳でも、頭から国家です。
英語STATe・NATIONやドイツ語STAATは、言うまでもなく家を含む概念では有りません。
我国では、修身・斉家・治国・平天下と言う思想があります。
それまでの天下と言われていたものが、下位の国=邦になり、更には(家がくっついた)国家になった経緯をついぞ読んだことがありません。
江戸時代までは、国内が一つの世界でしたから、国の集まったものが天下で良かったでしょうが、開国で世界と対等に付き合うことになった以上は、日本だけで天下と言う訳にはいきません。
夜郎自大と言うか井の中の蛙みたいで、恥ずかしいから、「天下はまずいよ」と言うことで国に格下げしたのは分りますね。
今のアメリカが、アメリカ国内トップでしかないのに直ぐ「ワールド・・・・」とか「ミスユニバース」と言いたがるのと同じです。
こうして国に格下げしたのが、何故、家とくっついたのでしょうね。
私の思いつきですが、我国は2字熟語にしないと落ち着かない民族性があり、国だけでは困ってしまったと思います。
当時法人概念もハッキリしていませんでしたので、団体と言えば家くらいしか思いつかず、誰かが家をくっつけたところ、意外にみんなが乗ってきて定着したと言うところではないでしょうか?
会社が主流の現在では、役所まで「うちの会社は・・・」などと言うのと同じで、何でも家に擬制したかった時代でしょう。
国家概念については、また別の機会にもっと詳しく書きましょう。
天下と言うのは、「あめの下」というだけあって、ロシアがやって来てから、北海道(蝦夷地)探検していることから分るように、境界もハッキリしていなかった広やかな概念です。
こうした広やかな日本・公・天下が、明治維新以降いきなり窮屈な「国」と言う狭苦しい概念になったばかりか、(ご存知のように「クニ」と言う旧漢字は境界で囲まれたものです。)これに家までくっついてまるごと天皇家のものになってしまったというわけです。
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