05/06/04

美しく風格ある国土をつくるには?1(公共工事の有り方1)

「美しく風格ある国土を」作るのは誰も反対しませんが、それが「過疎地域・・・・法」という名称である必要があるでしょうか。
美しく風格のある国土は、過疎地に限らず、都会地の町並みも重要なものですから過疎地に限る必要はありません。
現在の公共工事と言うものは、川勝平太氏と安田氏の対談で書かれている「力、闘争の文明」に仕えるもので、森の樹を切り倒す、ガルガメシュの持っていた青銅の斧の現代版でしょう。
自然をねじ伏せ、支配する文明の道具でしかないようです。
本当に美しい国土を望むなら、安田氏らの主張する森の文明、自然美を愛する立場から、考え行動することが必要ではないでしょうか?
同じく鎌や斧(文明の利器・鉄器だけでなく土木技術全般)を使うのであっても、森の存続のためにボランテイアが森の下枝を切り払い、草刈に精出すとか、棚田の保存など、森の文明の精神で行動するのを援助する為のものであって欲しいものです。
それでは、土木業者や建設機械業者(その内容となる鉄骨やセメントなど骨材供給者・トラック業界、ひいては、自動車生産者、土木作業員・・等々裾野が広いのです。)には、さしたるメリットがないでしょうね。
ところで、4月29日のコラムで紹介しましたが、1連の「過疎地・・・・法」でこれまで、62兆円と言う巨費が投じられていますが、その規模の巨大さが分るでしょうか?
比較のために国家予算の規模を紹介しますと、過疎立法が45年に始まりましたが昭和50年度の当初一般予算額は、21兆2888億円、昭和60年度の当初一般予算額が、32兆5854億円、平成元年度当初予算額で初めて60兆円を僅かに超え、平成16年度の当初予算額が、82兆あまりでしかないのです。
昭和時代には最後まで50兆円台でしたから、この一つの施策だけで62兆円と言う規模は、天文学的数字だと思いませんか?
結局、巨大予算を食う事業=巨大消費=自然破壊ですが、その分巨大消費=巨大・供給者既得権者層の存在となって、その発言力、票田が大きくなる一方です。
こうして、悪法が肥大すればするほど支持者が増えて、生き続ける仕組みになっているのです。
こんな無駄なこと、しかも天に唾する行為(土木工事量の増大と自然破壊とは比例関係にあるでしょう)が続くとすれば、(経済的には財政赤字という形ですが・・・・・)いつかは破綻し、天罰を受けるしかないでしょう。
安田氏の論文によれば、古代メソポタミャ文明もクレタ文明も、森を伐採し尽くして滅びたと言うのです。
こうして考えて行きますと、政治と言うのは、よほど気をつけないとがん細胞が増殖するような危険をもっているものだと分ります。
森を守る為にがん細胞と戦うかどうかが、道路民営化問題で問われているのだと思います。




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