05/29/03
男尊女卑思想の崩壊 3
実はこの家禄制度は、既に江戸時代から破綻していたのです。
吉宗の時代に足高の制が導入された頃から、家禄だけでは食うのに困るようになって、無役の武士は内職に励むようになっていたのです。
大身の旗本などは、先ず家人を減らして行き、必要に応じて、共廻りを、人材派遣から雇い入れて間に合わせるのが普通になっていました。
吉宗の時に発生した天一坊事件を御存じの方もいると思いますが、彼はこつ然と大名行列を整えて江戸に向かったのですが、そんな芸当を何故出来たかと言うと、既にそれぞれの役廻りの人を調達する派遣業者と派遣労働者がいたからです。
サンピンという蔑称は、臨時に雇われた農民が最下級の足軽になったのを言います。
この語源は、年間の給与が3両1分であった事と、農民に許されなかった口ヒゲをはやして威張った事から、(奴さんの出立ちを思い出して下さい)揶揄されたのです。
このように、臨時雇いが普通だったので、江戸の近くでイキナリ大名行列が出来上がっても、世人が怪しまなかったのです。
家来がいない人、または減らした結果1人もいなくなった人は、家族を減らせませんから、内職などで稼ぐより外なく、武芸その他稼ぐ能力の有る人は自ら浪人になる程でした。
経済的な面の外に、最近人里に出没して世間を騒がせているのは、お猿ぐらいですから野獣から集団を守る男の本質的な役割が殆どなくなりました。
農業から吐き出された男は、都市労働者になる外ないのですが、都市労働はどうしても男でなければ出来ないものとは言い切れません。
特に戦後になると、治安維持は、警察やセコムの時代になって来ましたので、用心棒機能も縮小するばかりです。
その他、兵器操作、運搬や機械操作も力が不要で、女性でもできる時代です。
サービス関連は言わずもがな、産業の主力が、コンピューター関連知的産業にシフトしているのですから、男性である優位性は有りません。
この頃は、男性も、最下層労働者は20万円稼ぐのは厳しくなっていて、女性労働者と変わらなくなっています。まして50代で失業して再就職しょうとすると、以前から働いている奥さんよりも給与が安い事が有ります。
今や、女性に立ててもらって何とか威厳を保っていられる本質を忘れると、大変な事になりますよ。
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