05/28/03

男尊女卑の思想8(明治の思想1)

明治の政府の本質は、軍事政権であったばかりか、欧米列強に対抗する為には、国民皆兵、富国強兵が国是でしたから、政府は、武士社会だけに通用していた、男尊女卑のルールを強引にも全国民に適用する事としたのです。
人口の約5%しかいなかった武士社会の生活ルールや思想を、社会全部に強制するのですから、無茶と言えば無茶ですね。
武士と言っても、上士と言われる一握りの階級は別として、幕末の武士は、傘張り、楊枝その他の手工業的下請け(マニファクチュア−)で糊口を凌いでいましたので、精神構造は、下層労働者のそれでした。
武士又はサラリーマン家庭の特徴は女性が寄生的になる事ですが、(アメリカの奴隷制でも説明しました。)下層武士は夫が楊枝など造る内職をしても大した収入にならないので、当然もっと前から女性が着物を縫うなどの内職(この収入は夫の傘張りよりも大きかったですよ。)で活躍していました。
その注文主は町人ですから、贔屓にしてくれるのを有り難がる精神構造になって行きます。
その点は別として、夫婦共働きになっていましたので、夫婦間の関係は武士の家でも自然と対等になって来つつ有ったと言えるでしょう。
守るべき「家」「家督」などに関係する人は滅多にいないのに、全国民を対象に家の制度を「創設」してしまい、その貫徹の為に、会津藩の家訓「婦女子の言一切聞くべからず」の法的表現として、家の制度との関係で、妻を無能力者にしてしまいました。
無能力とは、正確には行為無能力の事で平成14年12月13日の「行為無能力とは(民法20)」以下のコラムで、説明していますので読み直して下さい。
自分でどのような事も決められないと言う制度ですから、1種の奴隷みたいにおとしめたのです。
このように明治政府は、江戸時代の会津藩よりも徹底して武士のルール(武士道精神)を国民全部に強制しました。
日露戦争の時に、国を挙げて戦争賛美している最中に、情熱の歌人与謝野晶子が、「君死にたまうことなかれ」という詩を発表したのを御存じでしょう。
彼女は、自分達は武士の家ではないのだから、人殺しをする必要がないと叫んだのです。
良い詩ですが、若い頃読んだきりで、全文はお忘れの方もいると思いますので、この際全文を次のコラムで紹介しておきましょう。 


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