05/27/03
男尊女卑の思想6(水田と畑作等)
集団生活と農業の発達は密接なものだと思っていますが、その中でも水田と女性の地位とはかなり強く関係が有ると言うのが私の考えです。 ヨーロッパだけでなく、アメリカのゴールドラッシュ、カウボーイ中心の社会でも、女性は保護すべきものではあっても、生産の担い手には成れません。 アメリカ南部で発達した綿花生産は、本来女性も活躍出来た筈でしたが、アメリカは奴隷労働に頼っていた為に、アメリカ人の仕事の基本は、奴隷を監督する事になりました。 そうなると農業経営と言っても、1種の軍事政権の小型化したような本質を持ち、妻は武士の奥さんという立場ですから、当然寄生虫的な弱さになってしまいます。 結局男性中心社会になっていたようです。 話しが少し元に戻りますが、ヨーロッパの農業もどちらかと言えば、自分が耕作するのではなく、農奴=奴隷労働であったようです。 清教徒やマルチンルッタ−、カルビン等の宗教改革で、勤労の尊さを説くまでは労働するのは卑しい事とされていたのです。 日本では何千年にわたる縄文時代があって、(異民族を奴隷にして酷使する時代がなかった)水田耕作に移行して行ったものですから、自ら働く事は国民の最も崇高な美徳とされて来ました。 何しろ、各種修行は、掃いたり拭き掃除から始める習わしです。 そう言う価値観の世界では怠け者の男は分が悪くなりますね。 日本では、米あまりになった最近こそ果樹、養豚、育牛その他が少し盛んになりつつ有りますが、今でも農業イコール稲作を誰でもイメージするでしょう。 水田農業では、灌漑工事などたまには男手が必要ですが、普段は女性が稲作を担っていたのです。 「3ちゃん農業」などと揶揄するマスコミ報道が有りますが、本当は大昔から女性が担って来た本質を看過しているだけだと私は思っています。 その上、大した猛獣もいなかったこと、戦乱もそれほど多くなかったせいか、中国や、西洋に較べて、日本では、いつまでも女性の地位が高かったように思います。 形式的に男が上位になった後にも、実質的な支配力を女性が握っている状態が、男尊女卑思想の最盛期にも存在していました。 平安時代の女性の活躍は言うに及ばず、武士が台頭して武士の政権ができた後、鎌倉幕府を牛耳った北條政子、戦国乱世でも豊臣秀吉の妻禰禰(高台院)など、実質的な支配力を及ぼしていた例は幾らも有ります。
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