05/26/03
男尊女卑の思想4(水田の発達とヤオトン)
日本では、たいした猛獣もいなかったし、戦乱もそれほど多くなかったせいか、中国や、西洋に較べて、いつまでも女性の地位が高かったように思います。
平成15年5月20日頃からのマスコミ報道では、弥生時代の始まりが5百年早かった可能性が報じられています。
女性の地位と農業形態は密接な関係を持っていると私は考えています。
そうすると、水田の稲作の開始が500年も早かったとなれば、それだけ水田稲作による男女関係の基本関係が長くなっている事になります。
私は、法的な男尊女卑の制度は別として、実質的な家庭内における女性の地位はずっと高いまま現在に至っているのは、日本では生産の基本が稲作(水田)であった事が大きな原因だと思っています。
中国では、南部こそ水田がありますが、所謂中原と言って、何千年も中国の中心であった黄河流域では、黄土地帯ですから水稲農業ではあり得ません。
話しのついでに、黄土地帯の乾燥状態が半端なものでない事の例として「ヤオトン・地下集落」の紹介をしておきましょう。
中国では、1980年代の日本の5次に亘る調査団の文献では、穴居生活者が、およそ4千万人もいるとの事です。
日本の政治家があるとき、「未だにあなぐらで何千万人も住んでいる未開の中国が・・・・」と言う趣旨の発言をして物議をかもした事がありました。
盛唐の有名な詩人、杜甫の生家記念館が、同じく穴居形式で残っていると言うのですから驚きですね。
しかし、中国の穴居生活は、日本人がイメージする洞穴や、吉見百穴(埼玉県所在)のような横穴ばかりではありません。
中国の穴居生活と言うのは、横穴式も有りますが、平らな土地を四角く、約10メートル四方の広さで深さ7メートル前後の深さに掘り下げて、中庭を造り、そこから横に穴を掘り、その奥に部屋を造り、中庭に面して窓を造るのです。(勿論受け売りですよ)
こういう掘りさげ形式を下沈式ヤオトンと言うらしいです。
この地域では、学校も工場も皆下沈式ヤオトンになっていると言うのですから驚きですね。
現在中国の都会に遺る四合院住宅の先祖かも知れません。
日本が、明治以降大きなビルなどを造った時に、外観上は四角くて、中に入ると中庭になっているのをよく見かけたものですが、そうしたビルを地下に沈めたような外観です。
ちなみにバブル以降の立て替えビルは20〜30階建てになって、中庭形式は陰をひそめました。
これは高層ビルにする以上は、「ビルの面積が大きくなければ支えられない」と言う力学上の問題の外に、照明技術の向上で、自然光がなくてもビルの奥深くまで、明るくできるようになったからでしょうか?
こういう掘りさげ形式ですと、ぼんやり馬などで走っていると、いきなり掘り下げた中庭に落っこちる事故はなかったのかな?という余計な心配をしたくなりますね。
雨の心配はどうでしょうか?
黄土高原では、少ないとは言え雨が降ります。
たまに有る雷雨の時の観察記録では、結局表面の乾き切った土が少し湿った程度にしかならなかったようです。
このように、雨が殆どない地域ですから、中庭は、明るくて広い一番大きな部屋という感じで、ちょっとした野外宴会場にもなるようです。
普段は子供の遊び場、更には豚や鶏などの家畜の放し飼いの場にもなっています。
彼等家畜は絶対に外に出られません。
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