05/14/03

消費者と業者(リスク回避蔓延の原因)6


これまで「消費者はリスクを取らなくても良いが、商人はリスクを取ってこそ商人である」という考えから、リスクを取らない例として銀行の説明で廻り道をして来ました。
日本中のあらゆる業態で、リスク回避が流行になったのは何故でしょうか?
私は「素人(消費者)とプロ(業者=商人)の違い(商人とは?) 5」のコラムあるいは「55年体制」の連続コラムで、中小企業圧迫政策が大企業従業員の大量発生を齎したと、書いたように、日本の企業の殆どすべてが、サラリーマンに占拠されているところに有ると思います。
サラリーマンの本質は何でしょうか?
社会学者が研究していると思いますが、素人である私が思うには、企業が大規模化して来ますと、官僚の特性と本質的に変わらなくなっていると思います。
官僚の特性は昔から政治学者などが書いているように、形式主義、事大主義、事なかれ主義、遅れず休まず、成果を出すよりも失敗をしない事、秘密主義、完全主義等々あげられていますが、これらは、すべて大企業従業員の行動原理に重なります。
彼等が牛耳る社会では、従来路線が仮にじり貧だと分っていても、新基軸を出して失敗するよりも、現状維持を選択し勝ちです。
彼等がすすめる研究は、どこでもやっている研究を、少しでも他社より早く製品化するとか、少しでも軽くするとかの細かい事になり勝ちです。
商売に於いても、今年の流行をいち早くキャッチして、他社より少しでも早く売り出す事が主眼になり、また遅れた企業は、急いで他社製品を購入してその製品を「研究」?して似たものを一日も早く製品化する事が、研究者の仕事の大半となります。
それにしても「研究」って熟語は内容をよく現わしていますね。
「研いで究める」と言うのですから、研究者の本質は、画期的なことを考えるのではなく、工作機械みたいに、研いだり磨いたりして、他者より少しでもピカピカのものにしようとする人々でいいのかも知れません。
明治時代の漢学者が翻訳するときに、今の研究者の本質をよく見抜いていたのですね。
情報化時代と言っても、このような使い方の為の情報武装では情けないものです。
その結果、日本中どこへ言っても似たような商品ばかり売っていて、どこのデパートへ行っても大差有りません。
平成15年1月11日以降の連載で、「教育改革は文化発信国家の方向へ」と言う趣旨のコラムで書きましたが、情報を集めるばかりが得意な国民でなく、文化を発信出来る国民が育って欲しいものです。
役人には、「国民が均しく行政サービスを受けるべきだ」と言うお決まりの台詞で、画一化批判に対する逃げ道が有りますが、商売人にまで、「国民均しく」やられては国民がかないません。

 



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