05/17/02
社会の高度化と不良の増加 1
私が子供の頃の野菜・農作物は、現在の基準でいえば、全部不良品の部類に入ってしまうように思います。
凸凹だろうと、少し虫が食っていようが、人参や大根が二股に割れていても、大きい方が良いという時代だったと思います。
戦後直ぐの事でしたから、人間も、金太郎さんのように体格が良ければ、健康優良児等と表彰された時代です。
その後年月を経て、日本も次第に豊かになってくると、米は米でも美味しい米の方が良くなり、洋服も着られれば良いのでなくて、格好いいのが売れ、次には、品質の良いものへとなって来て、今では、産地、ブランドの時代です。
みかんやその他の産物は、選果場等で選別されて、その規格に合わないと市場には出られず、廃棄されたり缶詰めになったりします。
工場製品が品質管理の時代に突入している事は、周知の通りです。
人間の方も、時代に合わせて、中卒から、高卒、大卒へと、品質を高める努力をして來ました。(入試制度は、果物の、選果場と同じ機能と言えます)
中卒が中心の時代には、高校入試で弾き飛ばされても、社会の中級品として生きて行けましたが、高卒中心の時代になると、不良品のグループに入る事になります。
そして、恐ろしい事に、大卒が社会の平均的品質になって來ました。
こうなると社会的不良品の割合いがグンと増加します。
何もかも、高品質が要求される時代に私達は、生きているのです。
人間以外の物は、規格に合わなければ、廃棄したり、規格外の家畜の餌にしたり、自由自在(廃棄物が社会問題になっていますが・・)と一応言えるでしょう。
規格が低い時は、不良品となるのは、精神・身体障害者に近い人だけだったでしょうが、規格が高度化した今日では、うっかりすると、人口の半分が規格外になってしまいそうです。
こうなりますと、かつてのように、規格外の人みんなを、人里離れた施設等に押し込める訳にはいきません。
では、規格以下の人間はどうしたら良いのでしょう。
今はやりの、自己責任で解決するしかないのでしょうか?
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
