05/16/02
子供 3(能力2)
交通事故の被害者で、後遺症何級という認定までは行きませんが、生活に不自由や、痛みを感じる人が幾らもいます。
私は、『痛みがあれば、すべて後遺症何級ではなく、一定の水準に達した痛みや障害だけが、後遺症として賠償の対象になるのです。』と説明していますが、後遺症には、なだらかな分布の連鎖が合って、ある一点から後遺症何級と決めているに過ぎません。
後遺症認定すれすれの人も多勢いるのです。(そういう人達も、後遺症に悩んでいます。)
同じように、健常者と、障害者の間に、無限の連鎖がある筈です。
一定時間以上根気が続かない人、きちっと片づけられない人、どうしても朝起きられない人、仕事をやらせるとセンスがよいが、詰めが甘くて客からは不誠実だと嫌われる人、人間関係がうまく行かないとか、いろいろいますが、一定の能力があって、どこか欠けているパターンの場合、うまく補完すれば(分業)その能力を生かす事が可能ですが、(成功例として、書物になっているのは、このパターンのようです。)何もかもダメという人も当然大勢います。
この頃では、見どころが有るのに、低能者として放置されたままの不幸な子供は、殆ど掬いとられて、今では殆どいません。(この点教育者の実績は上がっていると思います。)
今や、つづり方教室や、灰谷健次郎氏の作品のようには、掘りだせる人材が残っていないのです。
オールラウンド型能力の持ち主で、あらゆる方向の才能が、健常者として最低近くに分布している子供の場合、親も、教育者もどうしたら、子供をきちんとした社会人にできるのか、途方に暮れているのが現状でしょう。
知能的に底辺近くに分布している子供は、 高度化した現在社会で、普通の社会人として、生きて行くのは困難な事です。
でも身体障害者でも精神異常者でもありません。しかも、『魯鈍』『引きこもり』『対人恐怖症』という特定の型にまで昇格?していないのです。
以前に破産 4のコラムで『生活に困っているが、生活保護を受けるまで行かない人が多い』と書きましたが、同じように非行に走ったりする子供の多くは、非定型的な社会的不適合者と言えるのです。
お医者さんに行くと本人が痛くて仕方なくても、既存の病名に該当しないと、『どこも悪くない、気のせいだ』と片付けられるという話がありましたが、社会の批判に応えたのか、最近は『00症候群』という病名をつけるのが流行っています。
不適合になっている子供を救済する為には、なにか新しい社会的類型を増やして行けば良いのでしょうか?
魯鈍、不器用、のろま、愚図、約束を守れない人、引きこもり、過食症、癲癇、喘息持ち・・・と無限に型を作っても、型に昇格?出来ない非定型の人が、次々とできますので、こうした類型を追加して型にはまる人だけを特別扱いする発想では、この問題を解決出来ないと思います。
これからの社会は、経済分野の不適合から、多重債務者となった破産者と同様に、こうした非定型的社会的不適合者を、どのようにして、社会に適合させて行くかを研究する事になると、類型化して、類型ごとの処方箋を考える事になり勝ちです。
私が考えているのは、いろんな知的、精神的能力の分布状態にある人間界で、一定の水準以下の人も、生きていけるような柔軟な社会を実現出来ないか、という事です。社会に適合させるのではなくて、社会が適合すべきだという考えです。
足腰の弱い人の為にバリアーフリー社会の実現がいわれているように・・・・・。
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