05/15/02

子供 2(能力について)


子供の能力は、無限の可能性が有ると言う建て前で教育して来ました。
教師や親の努力次第で、いかようにも能力を引き出せるかのような出版物が書店に並び、国民すべてが、受験戦争にかり出されました。
私は、自慢では有りませんが、ものすごく、運動神経が鈍いのですが、私が、どんなに練習しても、名コーチがついても、わたしが長島や王(今なら、中田やイチロー)のようになれない事は、初めッから分かっていました。
健常者でも、走るのが遅い子供がいるように、知恵遅れでなくとも、いくら努力しても一定の水準に達しない子供がいてもおかしくありません。
だらしないとか、努力できるかどうかと言うのも一つの能力なのです。
『折角の才能が有るのに努力しないから人間の屑だ。』みたいな言い方をされる事が有りますが、足の早い人でも、怪我をしていれば、早く走れないのと同じで、努力出来ないと言うのも一種の怪我を持っているみたいなものだと思います。
物理的に障害の有る人は、(骨折・失明まで行かなくとも少しの怪我でも)理解されやすいのに、知的または、精神的に障害者までは行かないものの、その近辺の人は、保護されるどころか、積極的な非難の対象にされている傾向があります。
しかもそれが、本人にとどまらず、その親にまで、『育て方が悪い、親の顔を見たい。』と言う非難になっています。




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