04/22/08
市場経済と国民性2(日本の場合)
わが国は古代から、繊細な神経・・感受性を前提にして世界に冠たる文学・芸術が発達してきたのですから、落ちこぼれに耐えるには神経がヤワに出来ていると言うべきでしょう。
ですから、ちょっと苦しいと直ぐに蒸発したり、自殺したくなるのがわが国民の特徴です。
昔から有名な武士の切腹・自決も、潔さと言う面だけ強調されますが、敗者としての惨めな境遇に耐え切れない精神力の弱さの現われと見ることも可能です。
わが国には、不撓不屈の精神力が備わっている人が、少ないのではないでしょうか?
「もののあわれ」などに感じ入っているようでは、武士(もののふ)の代表たる熊谷直実も根性が、大して図太くない印象です。
ただし、私の周りにいないというだけで、禅宗などで鍛えた人はまた別だということになるかも知れませんが・・・。
世の中には、神経の粗雑な人はいくらでもいるでしょうが、それと不撓不屈の精神力とは別物です。
明治の初めにロンドに留学した漱石が、神経衰弱に悩まされた話は有名です。
あるいは明治以降の文学作品では、苦しい内面をつづったものが中心になっているのは、明治以降の急激な社会変革のハザマで苦しんでいる人が多くて、そうした時代精神の現われでもあるし、他方で、こうした人々の内面的受け皿として機能していたのでしょう。
ところで、ドイツに劣らずわが国の場合も、明治以降急激な社会変革があって、深刻な精神的・文学的・ひいては哲学的葛藤があったとしても、それ程の問題にならなかったのは、元々宗教的には、絶対的な唯一神ではなくて、八百万(やおよろず)の神・・相対神の社会であったことが重要ではないでしょうか?
一本の太い木よりは、細い篠竹の束のほうが強いのと同じで、多様な神様・価値観があるほうが変化に強いものです。
多様な神様が最後まで残っていることとの関連ですが、わが国の多様な気候風土・・変化の早さも関係があるでしょう。
気候風土の多様さはいつも書くことですが、今回は、これに加えて海洋性社会の特徴を考えて見ましょう。
海洋性社会では、時々刻々に潮の流れが変り、魚の群れも通り過ぎて行きます。
こう言う風土では、相手の変化が早いので、一つの事柄に沈倫して思索を重ねる習慣がつきにくいのではないでしょうか?
また、これが多様な気候風土とあいまって、やおよろずの神信仰が何時までも続いたゆえんでしょうし、佛教その他の外来宗教が入ってきても、先ず好奇心の対象・・知的刺激としてしか受け入れてこなかった国民性に繋がるのでしょう。
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