04/15/08

宗教から法の支配へ1

ブランド品を買える層が一握りの少数者から、アッパーミドルまで広がると、偽ブランどと差別したくなる人が大きな勢力・・発言力が増してくると・・偽ものはいけないという意識が社会に浸透するでしょうし、自分達の特許や知財が増えればこれを守る意識も広がって、国民意識になって来るでしょう。

ただし、中国が世界水準になるのを期待するとは、あれだけの人口の大半が世界水準の平均以上になる時のことですから、これを想像してください。

そのときの中国の経済力は、アメりカを大きくしのぐのは当然ですから、結果的に、中国の世界支配を待望する論と同じになります。

支配とは大げさですが、泥棒・剽窃、人権侵害、何でもありの今の低水準国家でも、人口の巨大さだけで、世界中が中国を無視できない存在になっているのですから、中国人の大多数にとってブランド品が身近な社会になるほど生活水準が向上する時代には、世界の覇者になっているでしょう。

同様の議論は、05/11/06「知財保護の帰趨とその結果1(パックスチャイナと世界の停滞)」前後で連載しました。

ただ、このときになって、儒教の身内と他人を区別する二重基準がどう作用するかですが・・・。

中国が今の意識のままで世界帝国になると、漢民族以外は、今のチベットやウイグル族同様に、少しでも抵抗すると無茶苦茶な弾圧・虐殺が行われるのでしょうか?

もしかして従わない少数民族/・・・・日本人もそのひとつになるでしょうが・・の内臓が拷問の末に摘出されて、今のように公然と臓器販売商品にされてしまうのでは困ります。

中国人が特別残虐で、礼節を知らないのではなく、彼ら自身も豊かになれば、少しは礼節を知るようになって、身内と他人の区別意識が薄れていくのではないか?と言うのが今回の問題意識です。

ここでの議論は、民族の差ではなく、どのような民族も社会が取引秩序を必要とするところまでくれば、日本同様に商道徳が自然に生まれてきて不公正取引が許されない、法の下の平等・・結局は法治国家・・ひいては人権尊重の社会になっていくはずということです。

逆に言えば、中国がそこまで進んでいないところに、開放経済によって、外資がいきなり入ってくるから、ルールが身に付かず御仕着せのルールはすり抜ければいいと言う発想になっているだけのことでしょう。

中国も豊かになれば、先進国のルールを自分から主張する時代が来るから、心配要らないと言えれば将来安心ですが・・・・。

イギリスで発達した法治国家、法治主義・ルールオブローの原理などと言うと、思想的に大げさな感じですが、民主主義理念の問題ではなく、社会生活の複雑多様化が具体的ルール・詳細な法律制定の必要性を生み出していただけの話だといえるのです。

人権思想などは後から出てきたものであって、先ずは公的な法を必要とする社会になることが本当の人権思想が根付く土壌でしょう。

 



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