04/14/08
儒教から法へ2(中国の商道徳)
社稷を重視する儒教道徳は、・・先祖伝来の農地や領地を受け継いで次世代に残していく・・いわば農業社会を基盤とする領地支配向けの道徳といえるでしょう。
これと主従・忠孝をモラルの基礎とする儒教は、血縁や主従関係と言ういわば閉ざされた関係の秩序原理です。
儒教が主たる対象にしていなかった商工業や芸術関係、サービス業が発達してくると、徒弟関係は主従の修正版として置き換えて何とかなるとしても、特に見知らぬ者同士が取引することを基本原理とする商業社会では、無理が出てきます。
初対面関係のルール・・相手が年長かどうか身分の上下では無く、相手が年下だろうが、客かどうかこそが価値基準の基礎であり、そのときの商業ルールが必要になったのです。
他方で、客を大切にする思想が商品の品質確保その他の商道徳・・知財の尊重その他ルールも必須となってきますが、儒教をいくら勉強してもこれの基準にならないのです。
江戸時代にはいって商工業が発達して来ると、親子主従中心の儒教道徳では賄いきれませんから、無関係な他人間でも妥当する個別具体的な場合に備えてのいろんな法令集が必要なことがはっきりしてきたのが、吉宗による公事方御定書編纂の時代です。
こうして、さらに法律家の中でも吟味与力、公事方、勝手方与力など官僚の専門分化が進んできたことを、10/17/06「法律専門職の発生2(大蔵省と勘定奉行・・勝手方の違い)」のコラムで紹介しました。
このように、社会の仕組みが進んで来たので大まかな仏教どころか小うるさい儒教でさえも、対応できなくなって、これを具体的規律・・法規集にする作業がわが国でも進んでいたのです。
儒教道徳は、血縁の親疎重視・・身内重視ひいては、エコひいき・・現在的定義では能力や成績にかかわらない基準による取り扱い・・不公正取り扱いこそが正しいとするモラルですから、現在のチベット弾圧、人種差別・異民族大量虐殺にも繋がりやすいでしょう。
中国でのサッカーその他国際スポーツ大会での観衆、関係者のモラルの低さ、・・自国民を有利にする運営、他国選手へのブーイングなどは、彼ら・・儒教道徳からすれば、褒められるべき行為?となるのでしょうか。
中国は、品質に関する信用がない・商業モラルが低い、泥棒集団のイメージが強いのは、儒教道徳の長かった中国では、血縁の輪・主従の輪等の関係からはずれた赤の他人に対しては、元々ルールがないからです。
ご存知のように、諸子百家の一つの墨子集団は、儒家の血縁重視に対して博愛を訴えていたのですが、儒家の血縁重視の思想に合わないとして、徐々に「墨守」することしか知らないと言うばか者扱いされたレッテルを貼られていくのです。
墨子に対する儒家の敵対的思想は、儒家の本質・・・部外者には何をしてもいいと言う思想を積極的に表しているのです。
「血縁や主従等の関係集団以外には粗悪品を売りつけようと騙そうと盗もうと何をしても構わない」
と言う倫理観に発展し、これが、現在の中国人の一般的意識になっているのは、儒教の排外意識が根底にあるからでしょう。
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