04/12/08

単一通貨と財政と金融の分離2

話を時間の世界共通化から、単一通貨と財政と金融の分離論(3月16日・・1)の続きに戻します。

EUのように域内各国政府に通貨の独自発行権がない状態になると、地域や民族国家独自の経済政策の幅がかなり狭くなってきますので、通貨主権=独立国家の意義が大幅に減少していきます。

たとえば、欧州中央銀行銀行による各国発行の国債の引き受けは到底期待できないでしょう。

EUの通貨統合の先行政策は、各国の経済政策の独自性を残したままでは意味がないというよりは、こうした狙い・・逆に各国が独自の経済政策を取る幅が限定されてくることから、おのずから主権行使の幅が限定されて来ざるを得なくなり、徐々に共通経済政策化せざるを得なくなることを狙ったものかもしれません。

独自の財政政策が取れなくなれば、・・民族国家間の紛争防止にもなるのです。

実際、欧州議会が出来て、経済に限らず交通規制の仕方その他いろんな政策のすり合わせが絶え間なく行われています。

民族国家同士の争いは、民族固有の文化の軋轢が原因になることもありますが、基本的には経済紛争がその背景にあるものです。

通貨、経済政策が世界政府みたいなところで行うようになると、経済紛争を原因とする紛争が少なくなっていくでしょう。

これからは、人種の坩堝である都会が資金を吸い上げますので、その吸い上げた資金の何割を各民族の特色を残している地方へ還元するかの財源奪い合いの方が大きなテーマになるかもしれません。

どこの地方(EUで言えば加盟国)に、より多くの投資(日本で言えば地方交付金の交付額)をするかの争いです。

わが国でも地方と中央のセメギ合いが、戦後ずっと続いていますが、まだ同一民族内だから、単なる経済合理性の話ですみますが、異民族間の問題になるとシビアーな争いになりがちです。

この格差が大きく出ているのが、中国の沿海部と内陸・・少数民族の関係でしょう。

財政と金融は分離すべきだと言う考えの間違いを3月16日・・1「政策責任者の資格(日銀総裁と財務大臣)7」のコラム以降で書きましたが、通貨主権の喪失あるいは削減をテーマにしてみると、独立国家を前提にする限り、財政と金融はマサに一体運用の必須性が分かってくるともいえるでしょう。

通貨政策や金利政策はよその国でやって、財政政策だけ自分の国でやるのでは、殆ど実効性がありませんから、これを国内に応用すれば財政と金融は一体の政策であるべきだということになります。

それなのに、財政と金融の分離論が、これまで当然の原理の如く何故言われてきたのかを、以下少し考えて行きましょう。

 

 



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