04/11/08
今でも、私の事務所に来る時間を、きっちり決めるのを嫌がって、「夕方」などと漠然とした決めかたを好む方がいますが、そうしたゆったりした時間軸で生きている、生き残り?です。
しかし、南中時=正午だけは、すべての時間の基準だったから、昔からピタリの時刻が必要だったので、正午と言う用例が定着しているのです。
世界統一時間になっても、その基準場所(現在グリニッジ)の時間の決め方は結局は南中時に決めるしかないでしょう。
今でも、約束の時間を決めるのに、「では、8時ちょうどに・・」などと言う表現が残っていますが、今は8時と言えば、8時00分を意味し、その幅は前後60秒しかないのでちょうどもヘチマもありません。
コンピューター制御の機器類では、0秒の誤差もなく、セットしたジャストの時間にご飯が出来たり、機器が作動する時代です。
こうなってくると、午の刻だけジャストを強調する意味合いがなくなってくるはずです。
ところで「正」と言う字は、あちこちで使われますが、元々は、まっすぐに進むと言う意味の漢字ですが、ここから転化していろいろな意味になってきます。
その中で、真正面とか「的を射る」と言う方向の意味になったのが、「正」午の用法です。
たとえば、幅のある大雑把な言い方をあらためて「正確に言うと・・」と言うときの「正」もそうした用法ですし、「正鵠を射る」と言うときの「正」も同様に的を絞ったと言う意味でしょう。
「ちょうど何時に」という表現は、江戸時代までの時刻表記が幅の広い習慣であったころの遺物と、時間厳守を強調する意味の両方で現在使われているのでしょう。
今では「ちょうど何時」といわなくとも8時は8時00分であって、寸秒の誤差もないのです。
ちなみに「正教授」とか「正一位」などの表現は、助教授や従一位などの準ずる役職が出来た結果、「こちらはホントの教授で準ではないよ」と強調するために造語されたものでしょう。
ちなみに、最近助教授という呼称は準教授に変わっていますが、助教授は教授の部下ではないのですから、準に変ったのでしょう。
ちなみに我々法律の世界では、正本と言う用例があります。
文書には、もともとの文書としての原本とその写しとしての謄本と、原本は大事にお蔵にしまっておいて、実用に使うための正本とがあります。
正本は、原本を写したのではなく、原本の内容どおりに公的機関が作ったという認証のあるものといえるでしょう。
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