愛宕百韻(光秀の苦悩)
粋ではありませんが、明智光秀の本能寺の謀反を決意を表明した場面とされる愛宕神社に奉納した愛宕百韻の連歌も有名です。
愛宕百韻 (初めの部分だけです)
ときは今天が下しる五月哉 光秀
水上まさる庭の夏山 行祐
花落つる池の流れをせきとめて 紹巴
風に霞を吹き送るくれ 宥源
春も猶鐘のひびきや冴えぬらん 昌叱
かたしく袖は有明の霜 心前
うらがれになりぬる草の枕して 兼
聞きなれにたる野辺の松虫 行澄
ときとは土岐氏の流れを汲む明智の氏ですし、雨が降っている「あめがした」とは天下を意味します。
知るとはしろしめす・・支配するという意味・・一般に下知するとも言います・・ですから、今こそ決起して天下に号令するという決意を奉納したものでした。
よほど光秀は悩んでいたので、決意を表さざるを得なかったのでしょう。
それと戦勝祈願とも読めます。
これを受けた行祐の句は、平凡にと言うか、光秀の意向に沿うように「確かに庭には大雨で水があふれるようだ」(後は一気呵成に山を下って本能寺に向かうべきだ)と受けますが、次に付けた当代連歌師第一人者の里村紹巴は、謀反を思いとどまるようにと、
あふれ出る「池の流れをせきとめて」
と受けて、この後は話題を普通の情景に移して行ったといわれます。
ただし、いつも書きますが、このコラムは思いつきばかりで、学術論文ではありませんので、この読み方は、私の独自解釈・・私のレベル範囲以内で書いていますので、あまりあてにしないようにしてください。
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