04/09/08

春宵一刻

現在では太陽暦と言いながらも、太陽を基準にするのは、1年の長さを測る大きな基準がそうなっただけで、南中時も標準地点以外はずれていますし、(東京だって明石から約15分ずれています)そのうえ、日没日の出の時間は、毎日のように変りますから、かえって、太陰太陽暦よりは太陽との関係が日常的にはかなり薄くなっているのです。

江戸時代までの生活では、日々日の出の時間が変るという程度の細かい時間差よりは、夜明けとともに行動開始、日没で終了の基準があって、その真ん中のお昼が分かれば充分だったのです。

夜明けは、今では何時何分と放送されますが、実際生活では、自分の目で決めるとなれば「夜明けごろ」と言う程度で、自分の目で何時何分ときっちり確認できるものではありません。

どこで何を基準にするか、どの立ち位置で見るかを決めないと、きっちり決まらないからです。

ですから、夜明けに出発といってもそのころまでに集合した上で、指揮者による出発の号令で出発するという程度です。

農作業や漁業のばあいは、ともかくそのころに動き出すという程度でしょう。

その後自然現象に直接頼らず時刻を測る機械が発達してきますが、農作業中心の社会では、夏と冬では大きく違うなあ!くらいの意識で大方の場合は間に合っていたのだったのでしょう。

ただ、詩人は敏感ですから、「春宵一刻値千金」と表現しますが、これは日が暮れそうになっても、なかなかとっぷりとは暮れない春の一刻の長さ・・・冬の寒さから解放されてそぞろ歩きをしたくなる気分をあらわしたものでしょう。

あるいは、徐々に日が長くなって日没後の一刻が、徐々に短くなっていく時期です。

この貴重な薄暮の時間という意味もあったでしょう。

昔は今のように街灯が無く、とっぷりと暮れれば、デートしている相手の顔もマルデ分からないほどの真っ暗闇ですから、春の夕暮れから朧月夜ほどムードのあるものはなかったでしょう。

真夏も日暮れは遅いですが、暑苦しくってムードなんかありはしません。

よさ来い踊りのように元気に汗を吹き飛ばすような踊り・・盆踊りの世界です。

蘇東坡(1036〜1101)の詩を紹介しますが、春宵一刻の次には、花に香りあり、月に陰有りというのです。

この表現は漢の武帝の「秋風の辞」に「蘭に秀有り菊に芳有り」とあって、古来からよく使われる方法です。

そして近くの楼台からは管弦の音色が細く・・現在流にいえば、バックミュージックとして流れてくるというムード満点の設定です。

蘇軾(蘇東坡)

      春宵一刻値千金 
      花有清香月有陰 
      歌管楼台声細細 
      鞦韆院落夜沈沈

春とは当時は、旧暦ですから、今の2月から4月に当たるでしょう。

 



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