04/07/08
地球時間2(地球市民)
通貨の統一と時間の統一がどういう関係あるのかと言うことですが、通貨は物事のすべての価値の抽象化したものですし、時間というものは人間の本質的価値の抽象化ですから、実は根底的には共通項があるのです。
難しいことを考えないで卑近な例で言えば、時間の使い方とお金の使い方でその人の人間性がすべて分かるといえば分かりよいでしょうか。
高速交通機関やインターネットの普及等で、地球上で一体的・・即時的行動する範囲が広がった結果、現在および近い将来には地球の裏側も南も北も同じ時間軸で生きる時代が来つつあるのです。
地球の裏側だからと言って価値観がひっくり返っている時代・・ガリバー旅行記のイメージ・・ではありません。
時間と人間関係は、後に暦のコラムに戻ったときにもう一度触れます。
子供の小さいころに、8月末に函館近郊の大沼に1週間ほど家族で滞在したことがありますが、あちらでは夏休みが早くから終わって学校が始まっているのに驚いたことがあります。
5時間6時間の差ではなく、1ヶ月から数週間も早く秋が来るのです。
標準時間制度が出来る前から、各地で時間表記があったから、これを統一する際に各国は権利を留保して、例えば日本ではロンドンの午前9時を日本の午前零時にズラシているに過ぎないとも言えるのです。
標準時間以前からわが国で時間表記があったから、今度から、日本の午前零時をロンドン同様に午前9時ということにしたら混乱が起きると言う意見が出るのです。
しかし、午前6〜7時ころから起きて仕事に行かねばならない、正午には昼食時間、昼寝は午後2時ころと言う固定観念にこだわるから、こうした心配が起きるのであって、時計や時刻表記は人類の生活が始まった後から出来たに過ぎないのです。
日本では、日の出を午後3時ころと記憶して、午後5〜6時ころには出勤時間とし、午前7時ころになったら寝る時間と決めて、午後3〜4時ころには起きる時間、昼寝は午後10時ころからと習慣づけてしまえば、次の世代からそう言うものと思うようになるかも知れません。
日本の南中時・・今の正午は午後9時になりますから、時計表記は、地域ごとの太陽の位置・・日没、日の出、南中時と関係がなくなります。
このころは24時間営業の店や工場・あるいは金融・証券取引などが増える一方ですから、日没日の出にこだわらない分野がこれからも増える一方でしょう。
それにしても基礎的な生活・日常生活はなお、太陽暦・・地域ごとの日没と日の出を基準とし、南中時ころに昼食と言う基準は変わりませんから、時計・時間表記がこうした日常行動の基準ではなく、コンピューターや業務上処理などの約束事と言う形而上的基準に変ることになります。
そもそも地球市民というイメージで考えれば、「地球の今の時間は?」と言えば、一つの時間しか考えられないはずです。
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