04/02/08
多民族雇用社会(スライス社会の弊)
総合的職種・気配りのいる部署では、職務内容をスライスし難い上に成果も測り難いのですが、これも出来るだけ分解して簡易化すべきです。
どこまで行ってもファジーな部分は残るでしょうが、月給制で勤務時間の範囲内で総合的気配りによって、寸暇を惜しんで働く働き者は損をするようですが、それに対しては、社内の階級・・管理職化や時間単価を引き上げていってその努力に報いるしか、今のところはないでしょう。
そうは言っても、こうしたファジーな分野は縮小する一方で社会関係が細分化してきて、会社で毎日顔を合わしている同僚がアフターファイブで何をしているのか全く分からないという分断された人間関係が普通になってきたのです。
友人関係もかなり前から、塾の友達、英会話学校の友達とか、テニス仲間、パチンコ仲間など分化していましたが、人間関係の終着点・究極の形である夫婦関係では、細切れ的能力査定・・部分的に気が合うだけではうまく行かないので、相手の見極めが難しくなって、独身率が上がり、他方で、離婚率も上がるのです。
他方で、総合的関係の喪失による精神疾患も増えてきます。
こうした変化は、職業・職能その他各種の細分化と、どこかで関係があるでしょう。
話を人材活用に戻しますと、わが国の人種差別しない・「人みな平等」という漠然とした基準は、人道的には優れたものですが、能力別給与・能力に応じた待遇の必要性という世界標準から言って周回遅れになっている可能性があります。
長期雇用を前提とすれば、ファジーな基準でもそのうち誰もがその誠実性や能力を認めてくれるという暗黙の了解があるのですが、短期雇用・・転職の自由を前提とする社会になるとこんなファジーな基準では持ちません。
店舗その他サービス顧客関係も、長期的に見て優良顧客になるかどうかではなく、マイレージその他ポイント制で即時に点数が反映されないと納得できない時代です。
世界の歴史で見ても、モンゴル帝国だけでなく、アレキサンダーでもトルコでも異民族の軍隊をうまく活用しないとやっていけなかったので、大王の資格としては異民族の人材活用術が必須だったはずです。
ロシア革命でも、コサック騎兵の活躍が有名です。
わが国では、古来からの名だたる武将といっても誰一人として、異民族の武将や部隊を配下にした経験がないのです。
わが国で人種差別感が発達しなかったのは、異民族共棲社会ではなかったので、(実際は同化政策が成功していただけです)民族別類型観が未発達で、その基準が必要なかっただけのことです。
これからは、日本人も世界企業として他民族を他民族のままで(同化を期待せずに)雇用し、グローバルに活躍していくためには、「人みな平等」などというノー天気な基準だけでは、経営が成り立っていかないはずです。
わが国は、実際は超古代に多様な民族が融合しただけで、多種多様な人材で成り立っていることについて、05/25/03「日本は単一民族・同質社会?」その他で書きましたが・・単一民族・・同質社会のイメージでやってきたこと自体は事実です。
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