04/02/08
人材活用術3(血縁・人種から資格社会へ2)
能力主義は、政治的には、自由平等博愛の精神で表されますし、血縁主義は仁慈忠孝の精神であらわされます。
博愛と仁慈は、それぞれ、能力主義による競争原理や血族秩序(譜代新参を含み大きくは人種まで含みます)から落ちこぼれた者に対する救済・セーフティネットの役割と言うわけです。
最近流行の市場主義というのも、能力主義を経済的に言い換えた用語でしかありません。
ただ、その能力を測るには、その合理的基準がなかったので、学歴という類型・・抽象的能力に頼ってきたのが、明治以降現在に至るまでの学歴社会です。
この学歴社会による閉塞感を打破するために市場淘汰による競争原理を持ち込もうと言うのが近年の動きです。
日銀総裁人事に関して、学歴主義の弊害である法学部出身者ばかりが財政の責任者になっているのはおかしい・・経済界で実際に活躍している学者にすべきだと言う私の意見もこの一種です。
これはわが国だけではなく近代社会では、学歴以外には、出身地、男女別、あるいは年齢別の類型的査定しか出来なかったのですが、学制が整備されていなかったので、人権意識の発達した筈の近代以降、人種差別や男女差別、出身地による気質・働き者か否かなどの差別が却って激しくなったのです。
今では、能力も抽象的な能力は偏差値によってスライスされていますし、職業はかなり客観化されていますので、その職種ごとのランク付けも発達ささせる気になれば細かく等級付けできるでしょう。
これからは、血縁の親疎あるいは出身地の気質によらずに、もっと合理的な点数的評価が可能になっているし、もっと客観化を進展すべきなのす。
スポーツ・・例えば野球では、ヒット率、防御率その他の客観的指数が発達していますので、人種や出身地にこだわらない国際人材交流が他産業に比べて大分前から比較的活発なのです。
一般の職業世界でも、前々回以降書いて来たように職種の細分化を進め、更なる工夫・研究をし、抽象的資格である学歴基準から個別の技能を現す資格社会へ変化していくべきでしょう。
個別能力の点数化が進めば、もっと合理的な区別・・能力に応じた待遇・・非合理な人種差別などが消えて行き、その他の差別も自然に減少していくでしょう。
人種差別思想は、人権意識の発達や批判によってなくせるものではなく、職業の合理的評点化の進展を図る方が、着実で健全でしょう。
人種や出身地域によって、遅刻その他怠け者が多いとか、ズルイ、休みが多いなどのファジーな部分は、時間給や職務内容の単純化などによる、細かい給与体系の定着によって、かなりの部分で解決していけるでしょう。
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