04/01/08
人材活用術2(血縁・人種から能力主義へ1)
組織といえば戦闘集団でしかなかった時代には、忠誠心こそがその中核的価値観ですが、軍事集団の意義が低下してその他目的の団体が増えてくると忠誠心もそれなりに必要だと言う程度に低下してきます。
商船団でも最も重要な役割は、積荷を仕入れて上手に売りさばく能力が最重要ですし、隊商でも同じでしょう。
武力=忠誠心は、商船の操縦能力・・水夫同様に護衛隊と言う下部組織・・専門職に低下していくのです。
まして平和な街中での商店では、主人への忠誠心が強くっても客あしらいがぞんざいでは困るという時代が来ます。
戦闘能力はぐっと背景に退き、何かあれば警察・警備組織に連絡すればいい程度に下がって行き、自前で警備組織を持つ必要すらなくなっていくのです。
ものづくりの仕事でも、忠誠心の確かな親族よりは、忠誠心はほどほどでも、確かな仕事をしてくれる人の方が有難くなってきます。
社会が発展してくると、社稷を守り忠孝中心の価値観で組み立てられた儒教では価値・行動基準としては心もとなくなって来るのは必然です。
江戸時代中期の吉宗の時代には、儒教的基準だけでは物事が進まなくなって、公事方御定書などの法令集の編纂が必要となった事情をこの後に書きますが、社会が主従上下中心社会から身分的なしがらみからは全く無関係な他人・・平等な人間関係の社会になると、社稷・・先祖を中心にした親族を大切にし、他人間は忠義を基準にした儒教では動かなくなります。
こう言う時代が来ると、雇用の基準も親族かどうか・・親疎の距離感ではなく能力を基準にするしかなくなりますから、吉宗の時代から家禄以外に能力主義の足高の制度が始まるのです。
足高の制については、03/02/04「足高の制5(パフォーマンス政治の創始者か?)」前後で紹介しました。
近代社会では、身分による差別は許されないが、合理的差別が許されるとしきりに言われ、能力による差異をつけることこそが近代精神と言われるようになるのは、このときに始まると言えるでしょう。
法の下の平等を定めた憲法原理は、実は、能力主義の別名であって、人権思想から生まれたものではない筈です。
能力主義が社会に有用だと分かっても、従来の血縁中心主義の固定観念を打破するのは容易ではなく、能力主義による人材抜擢に対する怨嗟の声が大きかったので、これとの妥協に手間取ったのです。
これを打破する新たなスローガンとして人権主義のスローガンが必要になっただけです。
憲法
第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
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