04/23/07
利率規制3(グレーゾ−ン金利の存在意義3)
こんな訳で、04/15/07「貸金業規制の歴史2(金融業取締規則から貸金業取締法へ)」で紹介したように、最初は、警察取り締まり目的から始った貸金業の取り締まりでした。
これは恐喝的違法な行為に走り易い行為規制が主目的でしたから、限界が生じてきます。
マナーだけでなく金利そのものを規制しようとすれば、経済的実需を完全に無視できません。
そこで、利息制限法で取締りしながらも、これに違反してもただちには刑事処罰せずに、(同法には刑事罰規定がないのです)グレーゾーン領域を残すことになったのです。
この段階では、別に制定した出資法違反の取締りだけでしたから、その取締りはなお警察の所管でしたが、時代が変わって、消費者金融の経済社会に占める重要性が高まってくると、経済的領域への目配りが欠かせません。
こうして、警察取り締まりだけでは、手に余るようになったのです。
昭和58年の貸金業法の制定推進に向けては、それまでの所管官庁として警察庁も大きな役割を果たしたのですが、結果的に貸金業法違反は金融行政を担当する内閣全体の責任とし、(内閣総理大臣が条文上の責任者になっていることは既に紹介したとおりです。)完成したのです。
ちなみに、グレーゾーン金利は、昭和29年6月の出資法成立時には、利息制限法( 昭和29・5・15・法律100号)が既に成立していたので、初めからあると言うよりはセットの設計だったでしょう。
ところで、このグレーゾーン金利は、単に道徳の領域に委ねているのではなく、国家意思として禁止しているのですから、刑事罰で処罰しないこととその禁止に違反した所得をそのまま維持させるべきかどうかは、また別の問題でしょう。
刑事処罰しないのと、制限法超過利息の請求に対して、債務者は民事的に拒否したり、払ってしまったものを返還請求できるようにすべきかは、別問題です。
グレーゾーンを設けておくかどうかは、経済に対する政治の自制と言うべきでしょうが、その後の民事的解決をどちらに解決しようとも、経済原理に反する危険性が少ないでしょう。
そして、自民党はどちらかと言うと
「グレーゾーン部分は業者の取り得にしてやりたい」
として来たものですし、判例は民事的には
「利息制限法違反の契約は無効・・取り返しも認めるべきだ」
と言う立場で一貫して来たものです。
そこで、裁判所は長年かけて徐々に蓄積してきた基準は、既に利息を払ってしまったものも、不当利得であるとして取り戻せるとするものでした。
これが裁判所的正義として判例を蓄積してきたのに対し、政府・自民党は、貸金業者にマナーを守らせる見返り(は、表向きの名分で、実際には保護のため?)に、利息制限法を潜脱できる・・取ってしまえばおしまい・・貸金業法を昭和58年にせっかく制定したのですが、その後の判例の経過で再びもとに戻った状態になっているのです。
消費者側(判例)と貸金業者(立法府)側とでは一勝一敗ですが、スポーツと違って政治の世界では、最後に勝った方が、勝利者と言うことになります。
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