04/17/07
貸金業規制の歴史4(自主規制法から貸金業法4)
ストーカーや金貸しに限らず、何ごとでも「度を過ぎた場合」(繰り返しがメルクマールになるべきでしょうが、)の取り締まりや、処罰をする一般規定が必要な時代がきているのかもしれません。
イジメもそうですが、ひとつひとつの行為は犯罪までも構成しない場合でも、繰り返されると大きな被害になるのです。
人権擁護を旨とする弁護士が、一般的禁止条項の必要性を主張するのはおかしいようですが、当然そのためには、一定の公正な認定基準・地域の有識者・・町内会などの地域的自主組織による判定・・勧告・・不服申し立て手続の整備等を経るべきでしょうが、いずれにせよ被害者・・地域を含めた人権もあるのです。
話を、貸金業者の自主規制・道徳律の効果に戻します。
この自主規制助長法に基づき、各都道府県ごとに庶民金融業協会、その上部団体として全国を単位とする全国庶民金融業協会連合会(前者については都道府県知事、後者については大蔵大臣が主務官庁)が、それぞれ設立されました。
このように、自主規制を促す法律ができて、業界の自主規制による効果を待ったのですが、これまで紹介しているようにサラ金業界は、届出だけで足りていたことから、ヤクザ者の個人的営業から大手まで、種々雑多な集まりでしたから、自主規制ではどうにもなりませんでした。
およそ、自主規制と言うものが機能するのは、一定の幅に収まる共通価値観を保有する集団でなければ無理でしょう。
それで、昭和50年代初頭ころから、サラ金の取立てを苦にした焼身自殺など相次いだことから、自主規制に任せずに法で規制すべきだという世論が強まって出来たのが、58年現行法です。
ついで、このころからイキナリサラ金禍が、社会問題になった経済的背景を見ておきましょう。
ちょうど、田中内閣の列島改造ブームで、空前のインフレ・物価上昇時代から、ドル交換停止・・オイルショック(第1次・・1973〜74年、第2次・・1978イラン革命)を経て、従来の右肩上がりの高度成長時代が終わり、福田内閣が安定成長に移行したことが大きな変化といえます。
マクロ経済では、インフレと不況の合体したスタグフレーションの時代でした。
国際経済では、中南米やアフリカ諸国が借金を返せなくなってハイパーインフレとデフォルトが相次いだのも、サラ金問題と同じ構図です。
毎年高率の物価上昇と昇給を前提に、借金しても何とかなるという意識が普通になっていたところに、安定成長社会になって、昇給率が下がってしまったので、昇給を当て込んでいた住宅ローンその他借金の返済が苦しくなってしまったのです。ちなみに、ここ10年ばかりのサラ金ヤミ金問題の再燃は、買えば上がると言うバブル期相場に踊った国民が、借金してでもゴルフ会員権や土地を買うと言うバブル期(借金経済)を経て、バブル崩壊後安定成長どころかゼロ成長近くになってしまったのが、デフォルト多発の原因です。
列島改造論ブームの地価急上昇と同じで歴史は、短期間に繰り返したと言うところでしょう。
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