04/16/07

自主規制の限界1(法と道徳2)

消費者保護の重要性が認識され始めるにつれて、業界自主基準に委ねず、公益的立場で制定される取り締まり法規で、品質開示基準、商取引の仕方・・月賦販売などの基準などが定められてくるのです。
言うならば、昔なら、商道徳に委ねられていた分野が、法で細かく明記され、それを守らないときには、その商売から退場してもらう(登録の取り消し)、あるいは、業務停止などの処分が必要になって来、さらには、取り締まり法規違反行為に対する刑事処罰などが必要になってきたのです。
たとえば、貸金業法には、暴力団員に取立てを委ねてはいけない規定や夜中まで請求してはいけない規定などこ細かく書かれていますが、こんなことは法で強制しなくともちゃんとした会社や人なら当然守るべきルールでした。
(他人の家に、夜中に電話したり訪問する失礼な人はいないでしょう・・こうした普通の道徳を守れない企業が増えてきたのです。)
他方で、商業的ルール化とは別に、個人間の関係でも個人の道徳意識に任せられない時代になってきました。
狭い村・・地域社会では、非常識な行動をすれば、周囲の長老の注意などで抑圧されたのですが、匿名社会になってくると、こうした歯止めがなくなり非常識な人は、非常識な言動をエスカレートする一方になるのです。
昔、「社会的サンクション」などと言う社会学か何かの用語を学んだように思いますが、組織に属さない個人になるとそれがなくなったのです。         
昔はヤクザでも狭い地域社会で行動していたので、あまりひどいことをするとその村社会の仲間はずれになるので、一定の歯止め・・「任侠道」が必要だったのです。
これが広域化してくると顔が見えない関係になってきますので、「仁義なき戦い」が普通になってきます。
ネット上では、相手に対する批判・口論がエスカレートしやすいと言われるのも、同じ表れでしょう。
ヤミ金の問題も、超高利であるだけでなく、彼等は自分の名前どころか居場所も電話番号すら知らせない、完全な匿名性とセットになっている点に問題があるのです。
(彼等は、プリペイド式の090の携帯しか知らせず、しかも頻繁に番号が変わるのです。)
およそ犯罪や迷惑行為は、匿名性が高まれば、(古典的犯罪である泥棒もそうですが、こっそり人知れずやりたいものです。)匿名性の高まりに比例して発生し易いのです。
大都会で白昼公然とした犯罪が起き易いのは、大都会での匿名性に原因があるでしょう。
旅行先などの田舎道で出会えば、その後30分後のレストランで一緒になるとさっき出会った人だと直ぐに分かるのですが、大都会の雑踏では、わずか1分後でもすれ違った相手の顔を思い出せないのです。
攻撃は最大の防御であると言う格言があるように、ヤクザやヤミ金は、幽霊のように自分の本当の名前も居場所もあきらかにせず、攻撃してくるだけですから、こちらは防御し難いので、なお始末が悪いのです。
そこで、大都会の匿名性打破のために、商店街での監視カメラの設置がはやり、各種取り引きには、本人確認法が必要になってきたのです。
(その必要性の高まりは、国際犯罪・・マネーロンダリング防止だけでは有りません。)



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