04/11/07
先憂後楽社会への復帰5(少数精鋭社会)
この後に、加工貿易の縮小に合わせて人口減社会へ移行すべきだとの意見を連載するつもりですが、ここで少しばかり結論を書いておきましょう。
江戸時代のように小さな人口で落ち着いた社会になれば、金融業者が今の10分の1〜100分の1くらいに縮小しても、建築業者が半減しても3分の1になってもやっていけるのです。
私の意見は、養う人口が多いから沢山売らなければならないだけで、人口が減れば生産・・稼ぎも少なくてよいと言う単純な論理です。
これから必要な人材をみると、たとえば、これからの金融業とは、金貸しではなく、資金運用のプロになるべきですから、今のように何十万人も要らないでしょう。
サラ金のアイフルが、今年の始めころに、従業員の何割かにあたる6〜7000人の人員削減をするとマスコミで報道されていましたが、中堅?のサラ金一社だけでこんなにも働いているのです。
以前書きましたが、本来の金融のプロは一人で何十億円と動かせる人ですから、下手な人が100人〜1000人いて小口でチマチマ動かしているよりも利益率が良いのです。
国力の指標は人口数によるのではなく、4月8日以降書いて来たように、日本の人口を構成する人材の質・・能力が重要なのです。
野球の松井やイチロー、松坂のように世界で活躍する人材を出すには、人口1億人以上いなければならない訳では有りません。
「自国の市場規模が小さいと世界で戦えない」
と言う人が多いのですが、そんなことはありません。
ノキアなど、あるいは日本の何分の1の人口の国でも、世界に通用する製品を輸出しているところがいくらもあります。
むしろ、国内市場規模の大きさに甘えて海外勢との競争を回避して、国際的にジリ貧になるリスクの方が強いのです。
携帯電話の事例を、03/01/07「超低金利の功罪1(参入規制の害)」で紹介しましたが、国内市場規模が大きいと内弁慶になるリスクの方が強い1事例です。
人口減だけでは、縮小再生産だけですから将来への夢がないようですが、実は規模が小さくなれば、かなりの資源を自給できるめでたい国になれるのです。
もちろん世界に通用する金融のプロやスポーツのプロ、あるいは音楽家を育てるのに、数千万人以上いればそれ以上に人口数は直接の関係がないでしょう。
人口が減少した社会では、もしかして・・盆栽をいじくっているイメージ・・・端唄小唄ばかりの社会では、悲しいと思う方が多いかも知れません。
人口の少ない社会と言っても、江戸時代にソックリ戻るわけではなく、スロー・ライフにしましょうと言うだけですから、そのころには盆栽だけではなく、別の落ち着いた趣味の時代が来ている筈です。
関連ページリンク
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
