04/30/06

不均衡発展と内部矛盾6(中東の革命の順序1)

日本の高度成長期と似た解決ができて、うまく行っているのが、サウジやクエート、首長国連邦ではないでしょうか?
それぞれ、国民の数が少ない割に収入が潤沢なために、みんなにその利益を配分できるので不満分子や貧困層の発生を押さえられているから、革命騒ぎにならないのです。
例えば、クエート人やドバイなど湾岸諸国で見れば、末端に至るまで、外国人メードを雇えるのですから、誰も革命騒ぎを起こしません。
ところが、イラクのような大国になれば、石油収入で国が潤うと言っても、国民の末端まで潤すことができません。
そこで、中東では順次革命が起きて、石油収入の国民への分配が起きるのですが、それが終わってみるとまだ足りないので、隣国クエーとの石油利権が気になって来たのです。
イラクからみれば、クエートも元は同じ国だったのだから、同じ国民としてみれば、クエートだけ小さく独立して自分達だけ良い思いをしているのは許せない、この格差は許せないと言うことで一種の「革命」を仕掛けたのが、クエート侵攻だったのでしょう。
これを外からつぶしたのが、アメリカによる多国籍軍の介入・・10数年前の湾岸戦争でしょう。
イラク・クエートは同じ国だたとすれば、イラクの行為は侵略ではなく革命の完成でしかないのですから、アメリカのほうこそ、一種の内政干渉ともいえるのです。
話を戻しますと、中東で革命騒ぎになった国の順から見ると、海外貿易関係の収入が始って内部格差が大きく生じた順に起きているのです。
エジプトが最初に革命騒ぎになったのは、中東地域で先ず、スエズ運河からの莫大な収入がはいるようになり、その入り口の港が中継基地として繁栄したからでしょう。
その収入とその中継貿易や観光資源に携わる関係者だけの利益ですから、2000万(昔習ったころの人口数ですから、今は知りません)と言われる大人口全部に、その利益を均霑するには、無理があって、このために最初にエジプトで革命が起きたのです。
勿論革命には、いろいろな政治的事件や思惑があって発生するものですが、今回は大きな流れとして書いているものです。
こうした細かい経緯については、既にナセルやサウジ中東ののコラムなどで詳細に紹介しました。
ここでは、個人の能力や、4月29日に紹介した幕末の長野主膳のような個別事情を超えた背景を書いているのです。
その後石油収入が発生した産油国で、順次革命・・・王権打倒が起きますが、いずれもクエートなどに比べて人口が大きいために、国民全部にその利益を配りきれない貧富の差が発生したことが、大きな原因です。



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