04/27/06
ピューリタン革命の意義4(チャールズ2世の誤解2から権利の章典へ)
権利の章典(Bill of Rights)」は,有名ですから、この機会に紹介しておきましょう。
全文13ヶ条からなっていますが、その全ては第一条で言い尽くされていて、その他はそこから生まれ出る内容だと言われています。
第1条
That the pretended power of suspending laws, or the execution of laws,
by regal authority, without consent of parliament is illegal.
議会の同意なく、王の権限によって法律を施行したりあるいは停止したりする
ことは許されない。
第4条では王が勝手に税金を取ることを禁止し、第6条では王は独自の軍隊を持ってはならないとし、第8条では議員は自由選挙により選ばれること、第9条では議会に言論の自由があることをうたっています。
また第11条では大逆罪を裁く時の陪審員は自由人でなければならないとするなど、原則として第1条の精神の具体化が図られたのです。
この章典により、イギリスでは
「国王は君臨すれども統治せず(The king reigns, but does not govern.)」
の象徴国王システムが確立し、これが世界中に伝播して、現在の我が国の天皇制に繋がっているのですから、政治思想史上は大変な事件でした。
名誉革命になった経緯に戻しますと、それにしても、普通に考えてみれば、王政復古と言っても、リチャード・クロムウエルを追い出して、チャールズ2世は自分を迎え入れてくれた議会無視では、政治が出来ないくらいは経験で学ぶべきだったでしょう。
中国でも、古代から皇帝擁立に功のあった臣下が、後日発言力を持つようになるのは常でしたし、日本でもどこでも常識の範囲でしょう。
チャールズ2世及び、ジェームズ2世は、こんなことも理解できず、あまりにも、ノー天気に専制制を復活させますので、
「チャールズ2世、あるいはこれに続いたジェームズ2世の知的レベルが低すぎたのか?」
と言う疑問がありますが、こういうことは、本には書かれていません。
西洋の相次いだ革命を、ありがたがる本が多いのですが、私に言わせれば、
「政権担当者のレベルが、低すぎたに過ぎない」
のが、ほとんどの原因でしょう。
あまりのレベルの低さを誤魔化すために、わが国の学者はイギリスに遠慮して、(奥ゆかしい国です)大陸の観念論に比べてイギリスの経験論と言い、イギリスでは、その都度観念的、あるいは哲学的に分析する国ではなかったと持ち上げる?のでしょう。
・・あるいは、今の言葉で言えば、事件終了後に総括するのに慣れてなかったかの如き方向へ、みんなを誘導しようとする書き方が多いのです。
しかし、こんなことは昔から、経験だけで子供でも、あるいは、いぬ・猫でも(拾ってくれた人には恩義を理解しています)直ぐに分かるべきものですから、こんなことも分からないのは、社会全体のレベルが、よほど低かっただけではないでしょうか?
関連ページリンク
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC
