04/25/06
ピューリタン革命4(護国卿政治・・クロムウエル独裁)
そもそも、軍部と言う圧力団体は、どのような政治階層・勢力を代弁する組織でしょうか?
軍事組織自体の、自己目的的組織維持と肥大化願望があるのは分かります。
それ以外のどの勢力の代弁者なのでしょうか?
日本の戦前の軍部(士官)は、地方没落地主層の子弟を供給源にしていたうえに、直ぐ下の兵卒の100%近くが農村出身者でしたので、地方の疲弊に対して敏感でした。
それだけに、昭和恐慌化で、食うに困っている地方人材のはけ口としての満州進出に熱心だったのでしょう。
ピューリタン革命時の軍隊(士官)は、日本同様に、地方の没落傾向の地主層の子弟だったのでしょうか?
(当然兵卒のほうは、農民出身が殆どであったでしょう。)
士官が、ジェントリーその他の地主層出身者で占められていて、しかも身近な部下が農民出身であったとすれば、新興地主層とピューリタンとの協力関係による内戦で、軍が地主層+ピューリタン側についたのは合点が行きます。
戦乱の過程で、軍部の発言力が強まりますが、軍部の要求は、財産権の保障を要求する水平派を弾圧したり、反革命そのものでした。
内政では、複雑な利害調整が必須ですが、こうした経験のない軍部では、どうして良いか分からなないので、軍縮を逃れる名目もあって、海外商業競争で負けていたオランダの舟の入港を禁止し、オランダ戦争を開始します。
(相手は小さな国ですから、当然戦えば勝ちます。)
イギリスの運が良かったことには、当時大陸では一種の世界大戦とも言うべき30年戦争(1618〜1648)で、大国は疲弊していてイギリスに構っていられなかったのです。
03/08/06「農本主義から重商主義の政権へ(明治維新)2(政商の発達1)」その他で、フランス革命時の大陸封鎖令や、諸外国への侵略戦争を説明をしましたが、内政に困ると輸入禁止や外征と言うやり方は、昔からのパターンです。
専門の政治家でも収拾がつかず、内戦状態(これもいろんな党派が、あちらについたりこちらに付いたりややこしいので、私は、騒乱と書いているのです)になったくらい、複雑な利害が絡んだ状態でした。
これを政治経験のない軍事政権では、どうして良いか分からなくなり、外敵を作る位しか思いつかなかったのでしょう。
08/23/05「王と軍の存在意義4(フランス革命1)」でも書きましたが、ナポレオンのときがそうでした。
軍事政権の政権担当能力については、10/17/05「中南米やサイゴンの軍事政権(アルゼンチンの場合)1」前後で、エジプトなどの中東諸国も含めて、かなり連載しました。
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