04/24/06
免罪符 3の効能とマルチン・ルター(経済格差1)
マルチン・ルターは、前回書いたような社会矛盾をどうしょうかと言う立場ではなく、純粋に聖書の研究者として、
「お金さえ払えば、贖罪できるなんておかしい」
と批判をしたのです。
誰でもこのくらいのことは知っていましたが、だからと言ってどうして良いか分からないので、ずるずると続けてきたものでしょう。
ル・ターは、学者馬鹿みたいなもので、世の中どうなろうとも構わない主張をしていたのですから気楽なものです。
ルターの主張は、04/22/06「ラテン語と漢文1(文盲率の基礎) (マルチン・ルター)」のコラムで紹介しましたが、
「聖書に帰れ」
と言うもので、今でいうところの聖書一点張り・・すなわち原理主義の元祖です。
今のイスラム原理主義を見ても分かりますが、原理主義と言うのは、
「政治的配慮など無視して原理に忠実に行動せよ」
と言うもの一般をさす言葉ですが、このような発想の元祖だったのです。
ル・ターが言わなくとも、前からみんなで知っていたことですから、不満が鬱積していた階層で共鳴を呼んだと言う面もあるのです。
ル・ターは言いっ放しで、実際にどうすればいいかの解決を示さなかったので、新興の商工業発達によって生活が圧迫されている貧農や、没落中の騎士層の反乱など不満分子がこれに飛びつき、反革命的な方向へしか、エネルギーが行かず、騒乱が広がるばかりでした。
これがもっとも遅れていたドイツ南部で、農民戦争に発展した原因でしょう。
こうした、反発による騒乱発生は、古くはインドネシアでは、華僑に対する焼き討ちなどが頻発しましたが、これなどは、民族感情もあったでしょうが、本質はやっかみです。
後進国では一部商工業者の富蓄積に対し、遅れている地域や階層の反発として、何時でもどこでも起こりうる性質のものです。
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