04/22/06
ラテン語と漢文1(文盲率の基礎) (マルチン・ルター)
ドイツでは、社会的不満が蓄積し、爆発寸前状態にあったところに、修道士でヴィッテンベルク大学の神学教授でもあったマルチン・ルター(1483〜1546)によって、所謂「95か条の論題」がヴィッテンベルク教会の扉に1517年10月31日掲げられたのです。
ルターの言い分は、
「聖書に忠実に解釈すれば、免罪符などでお金を募るのは、けしからん」
と言うものであって、聖書中心主義に過ぎませんでした。
彼の主張は福音主義と呼ばれていますが、今のイスラム原理主義者みたいな印象だったでしょう。(そんなことを言うと、信奉者に怒られるかな?)
ルターの思いとは別に、兎も角、そのころ虐げられていた農民や没落しつつあった騎士層に、既存権威に対する果敢な挑戦の象徴として歓待され、ドイツ中に燎原の火のように広がったのです。
その後、ルターは、聖書のドイツ語翻訳を完成させて、多くの国民が聖書をドイツ語で読めるようにしたりしていくのですが、彼はあくまで神学者として行動していただけでした。
ついでに言語の問題を書きますと、それまでの西洋では、文献は、ラテン語で書かれているのが普通でしたから、庶民は自分で聖書すら読むことが出来なかったのです。
この結果、ラテン語を勉強できない庶民は、文字に縁のない生活が、原始時代から続いていたのですから、驚きです。
(ただし、地元言語による書き物は、少しづつ発達していたでしょうから、「極端な言い方をすれば・・・」と言う程度の話で、厳密な事実調査をしたわけでは有りません。)
こうした長い歴史が、庶民とエリートとの格段の教養の差(1代限りでなく、何千年に亘る累積ですから、人種差の如き大差です。)が生まれ、これが階級差別を受け入れやすい精神土壌になっているのでしょう。
階級と言う概念自体、わが国にはなくて、明治以降西洋から輸入したものでしょう。
現在のイギリスなども、庶民とエリートでは、英語の発音さえ違うといわれるほど格差が大きい社会のようです。
また、西洋では、日本の農民に比べて、独自工夫の乏しい農奴とか、労働者からの工夫が生まれ難い世界を作った原因でもあるでしょう。
今でも西洋やアメリカでは、文字を読めない人が多いと言われるのは、(特に彼らのレベルが低い訳ではなく)こうした歴史があるからです。
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