04/21/06
世界宗教の非合理化と改革8(独の場合3・・ルターと農民戦争2)
功利主義の話に行ってしまいましたが、世界宗教の本来は、商取引ルール・・目先または長期のの金儲けのためのルールに過ぎなかった筈であるが、長年の間に宗旨が変わっていったに過ぎないと言うのが、私の珍説です。
こんな事を書いても、幸い、何の抗議もなく気楽に書いていますが、このコラムの読者に熱烈な信者がいないと言うよりもこのコラム読者は、人一倍理屈遊びの好きな方が多いからでしょう。
兎も角私の考える宗教の意味からすれば、宗教改革・・・すなわちルネッサンスに端を発した
「元の形の戻ろう!」
という運動は、中世以降新たに商業の洗礼を受けた地域から、始らねばならなかった筈です。
日本ではルネッサンスを文芸復興と翻訳していますが、ギリシャ、ローマの精神に戻ろうと言う意味は、文芸だけでなく、あらゆる精神構造をそのように戻そうと言う意味であるべきです。
社会精神構造を抜きにして、文芸だけが古代ローマやギリシャの精神に戻れるわけが有りません。
そして、社会精神構造は、産業構造から成り立っていると言うのが、私の基本的な考えです。
ま、私の育ったころは、マルクス史観全盛時代でしたので、、どうしても下部構造が上部構造を規定すると言う考えが染み付いているのです。
マルクス史観・・・発展段階論は既に誰も信じていないでしょうが、今でも、下部構造、上部構造の考え方は、有効なのではないでしょうか?
勿論これに対し、実存哲学のように、自ら働きかけていく存在としての人間存在論を、私も大好きです。
私も、人間は環境に規定されながらも、環境だけですべてが決まるのではなく、この環境に自ら働きかける存在として考えていますが、それにしても環境の重要性がなくなるわけではないと言うのが私の基本的考えで、このコラムは、そう言う基本的立場で書いています。
ところが、農民戦争(1524〜25)から宗教改革運動が始ったドイツを、どう理解すべきかと言う疑問があるので、この辺を良く見ておく必要があるでしょう。
私に言わせれば、西洋の中でドイツの農民は、後のロシア革命当時のような農奴的立場のままでフランスなどに比べてかなり遅れた状態であった事が、その原因であったに過ぎないと考えています。
周回遅れの状況が、社会発展の一番遅れたロシアで、最先端である筈の共産主義革命を成功させたのと似ています。
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