04/20/06

功利主義とは?3(イギリス)

日本では、職務の廉潔性、正確を期すなどの方向への関心が強く、犯罪抑止力、その政策対象としての国民が眼中になかったのでしょう。
あるいは、当時市民の成熟度が弱かったので、政策の実現は国民との協働作業であると言う視点が弱く、単なる対象としての意識しかなかった可能性があります。
日本では官僚の優秀性が際立っていて、法がなくともいい加減なことをしないので、国民の方は安心して支配者に任せて置ける(黙って従ってれば、良いと言う心理)社会が続いていたことが分かります。
逆に、これが、権利意識が育ち難かった原因でしょう。
日本の江戸時代に話が行ってしまいますので、話しを功利主義に戻しますと、ベッカリアの思想が、イギリスのベンサムに受け継がれ、有名な
   「最大多数の最大幸福」
と言う格言が生まれるのです。
ベッカリアの「犯罪と刑罰」は、1764年ですから、このような功利主義・・合理主義思考が哲学にまで育つまでには、ルネッサンス以来から見ると随分と長い時間が掛かったことが分かります。
ただし、彼らの所説は、自分の内面で発酵したものではなく、実際に多くの国民の行動原理を見た上での所説でしょうから、このような学説になる前に合理的な行動をする人たちが多くなっていたから、生まれたものでしょう。
江戸時代に公事方御定め書きが編集される前に・・およそ100年以上前から先例の蓄積があったのと同様です。
国民の多くが、合理的思考様式になって、これが公認されつつあったのがベンサムの時代であったとすれば、(「道徳と立法の諸原理序説」(1789))イギリスの国民の多くが、1800年代までにそこまで到達していたと言うことでしょう。



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

 


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資