04/19/06

世界宗教の非合理化と改革9(独の場合2・・農民戦争1)

そもそも西洋の宗教改革問題は、ドイツのマルチン・ルターが免罪符販売に異を唱えたことから始まったものです。
ドイツの話が出たついでに、ドイツで宗教改革が問題になった最初ころから、見ておく必要があるでしょう。
ドイツの宗教改革運動は、言うまでもなく、マルチン・ルターが教会の扉に掲げた「95か条の論題」が切っ掛けですが、社会を揺るがす事件としては、騎士戦争に次いで勃発したドイツ農民戦争が始りでしょう。
私の考えでは、農業化していたキリスト教が、ベネチュアを中心とする商業活動の活発化によって先祖帰りして、本来のキリスト教・・商業社会化に適合した合理的な考え方に戻そうとするのが、まさにルネッサンス・文芸復興・・回帰運動だったのです。
ルネッサンスの
    「古代ギリシャ・ローマの精神に帰れ」
」という運動は、必然的に「そのころの宗教に戻れ」と言うことにつながる筈です。
それが、何故農民戦争から始ったのかの、疑問から入っていきましょう。
私の仮説では、03/26/06「商人と規制の親和性8(戒律・・・宗教の成立)」以来連続して書いていますように、宗教は商業取り引きのルール化のために必要があって、生まれて来たと言う主張です。
こういう変わった主張をしている学者は多分誰もいないでしょうから、いつものとおり私の思いつきの壮大な?仮説(珍説)です。
すべての世界宗教は、商業活動を円滑にするためのルール・・すなわちもっとも彼らが蔑むべき
      「金儲けのための『手段として』あるに過ぎない」
と言うトンでもない仮説ですから、キリストや仏教の敬虔な?信者にとっては面白くないかもしれません。
信者と言うのは、理論の整合性よりも、先ず何かを信じているものの謂いですが、特定宗教の信者でなくとも、大方の人は金儲けの為に何かしていると言われるのは大嫌いです。
そして他人に対しても、金儲け行為を蔑むべき、卑しむべきことと言いたがるものですが、これも私に言わせれば、世界宗教成立後到来した農業社会適応化の過程(約1000年もあったのです)で、次第にはぐくまれた刷り込みに過ぎないと思われるのですが・・・。



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